神殿の修復が終盤を迎えた日。
光を送り続けながら、ジェイは小さく呟いた。
「何故、自分の心を砕き続ける?」
マーシアは、閉じていた瞳を、薄っすらと開いた。
「……どうして?」
「……俺を助けた、理由が知りたい」
……アレクセイ。
彼女の脳裏に、過去を共にした男の名が浮かび上がった。
(……あなただったの)
胸でつぶやき、視線を上げた先に、パライバトルマリンの瞳が揺れている。
「……助けたかったから」
黙って見ていられなかったから。
あの時、感情をなくしてしまったあなたに、恐怖すら感じていた。
けれど、見ていられなかった。
表には表れない、あなたの苦しそうな心を、見ていられなかった。
「……そうやって、何度も同じことを繰り返してきた?」
青年の言葉が、マーシアの胸に刺さる。
涙目になりながら、彼女はうつむいて言った。
「……耐えられなかったもの。黙って見てるなんて」
そこまで言って、はたと気付いた。
耐えられなかったのは、わたしの心。
自分の為に、人を助けようとしていた、わたしの心。
涙が止まらない。
スイスブルーの瞳から、止め処なく流れ続ける。
なんて傲慢なのだろう。
なんて勝手なのだろう。
何が癒しなのだ。自分の為に自分の魂を削り取り、与えては砕けていった行為の、どこが癒しなのだ。
(何故そこまでするのですか)
はっとして、マーシアは目を見開いた。
(求めるものには、何をしてでも癒しを与えよう。 だが、手を差し伸べることすらしない者へ、何故自分の魂をも与えることができよう? )
懐かしい声が、胸に染み入る。
どこかで聞いた事のある、あの切ないつぶやきが蘇る。
(……お父さま……)
こらえきれず、両手で顔を覆いながら、マーシアは嗚咽した。
でも、どうしたらいいの。
何もしないで見ているなんて出来るの?
自分の心が、悲鳴を上げているのに。
助けて。
独りはいや。
……その感情の出所はきっと、「彼」に起因するのだろう。
彼女を置いて、去っていった者に。
……そして、その原因を作った者に。
青い髪を震わせながら嗚咽する彼女を、身につまされる思いで、パライバの瞳が見つめる。
涙で震える肩を、ジェイはそっと掴んだ。
「君はもう、俺以外の人間を愛さなくていい」
青年の口から出た言葉は、彼女に軽いショックを与えた。
……愛さなくていい?
涙で腫れた目を上げると、淡い金色の光に包まれた、碧い瞳が見える。
優しい眼差しが、彼女を包み込んで言った。
「ありがとう。君のおかげで、俺は救われた」
信じられない思いで、マーシアはその言葉を聞いていた。
また、スイスブルーの瞳に、涙があふれ始める。
ずっと、欲しかった言葉だった。
ずっと、待っていた言葉だった。
氣が付くと、彼の胸にしがみついて泣いていた。
彼の瞳の中に、ずっと待っていた、アクアマリンの光が見えた。
もう、他の誰も愛さなくていい。
この人だけ、見ていればいい。
胸のつかえが取れた彼女のハートに、それまでよりもずっと多くの光が流れ込む。
彼女を媒介して放たれる光が、神殿の隅々まで行き届き、白い光をその柱に、壁に染みこませていった。
「……終わったみたいだ」
ダイニングテーブルで食事をしていたジェレミーが、ぼそりと呟いた。
「……だね」
スプーンを口にくわえたまま、メイシンが相槌を打つ。
ふたりがなんとなく素直に喜べないのは、先日の一件も理由のひとつだが、神殿の二人を感知したことで、それぞれが更に複雑な心境を抱え込んでしまったからかもしれない。
黙々と、テーブルで食事を口に運んでいると、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
落ち着いたジェイの声が、何故か出迎える二人の胸に刺さる。
それでも、ジェレミーは持ち前の笑顔を見せた。
「おかえり。修復、終わった?」
「ああ」
軽く相槌を打って、ジェイは玄関の扉を大きく開き、誰かをエスコートするように脇に寄る。
そこへ遠慮がちに現れたのは、青いウェーブの髪を腰まで伸ばした、スイスブルーの瞳の女性だった。
ジェレミーとメイシンの表情が、一瞬固まる。
マーシアは、それを見てもじもじと下を向いた。
「あの……わたし」
「……おかえり」
メイシンの声が、マーシアの困惑を打ち破った。
「良かったじゃん。やっとここに来る氣になったんだ?」
「……ごめんね。わたし……」
「なに謝ってんの。入って入って」
笑顔を作りながら、自分を手招きする少女の姿に、マーシアはまた罪悪感を憶える。
……自分の片割れである彼女の心に、暗い翳りを感じてしまったから。
ジェイに背を押されて、やっと中に入ったマーシアは、もうひとりの青年とは顔を合わせることも出来なかった。
ダイニングテーブルの前で立ち尽くす彼女を、ジェレミーもまた、凝視することが出来なかったらしい。
無言で席を立つと、キッチンの奥へ消えていった。
キッチンでひとり、なにやらごそごそとしているのを、メイシンが不審に思って覗きに行こうとした時だ。
大きな皿を一つ持って、ジェレミーは再びダイニングに現れた。
テーブルの上に置かれた皿に乗っていたのは、白いクリームでデコレーションされた、ストロベリーショートケーキ。
それを見て、ジェイは笑みをこぼした。
マーシアを促し、ケーキの目の前の席に、彼女を座らせる。
白いケーキの上に立つ、4本の小さなロウソクに手をかざし、ジェイはパチン、と指を弾いた。
ボウっと小さな音を立て、4本のロウソクはほぼ同時に火を点す。
ロウソクの火を映しながら、アクアマリンの瞳は少し揺らいだ。
「……今日はお祝いだから」
目の前のケーキを見つめたまま、うつむいているマーシアの青い瞳に、涙が溢れ出す。
辛気臭い彼女の雰囲気に痺れを切らして、メイシンが叫んだ。
「……あーもうっ! あたし食べちゃうよっ!」
フォーク片手にケーキへ飛びかかろうとする少女を片手で押し留め、ジェイはアクアマリンの青年に目配せをした。
ジェレミーは無言で、ケーキを切り分ける。小さな皿にそれを乗せると、マーシアの前にそっと置いた。
目の前に差し出された小さな皿に、切なさと感謝の思いで、マーシアは小さくフォークを入れた。
甘い、優しい味が口に広がる。
懐かしい思いを言葉で表現できず、マーシアはまた、涙を一つこぼした。
それを見つめるアクアマリンの瞳が、ずっと揺れていたのを、メイシンもまた、胸が裂けるような思いで見つめていた。
は~。書けた書けた。
これ書くのに、2日間のた打ち回ったんだからね。(笑)
責任取んなさ~い。。。ってな話は、もうちょっと先になりそうですけど。
さー、次は、まだモヤモヤしてる彼女ですよ。。。orz
コメントを投稿するにはログインが必要です。