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風の小径 詩片

「選択」│詩片

「ソラム」は相変わらず、私のメンターで居てくれる。
メンターというのは、
私の中では、
私が知らずにいる事を、気づかずにいる事を、
それとなく、知らず知らずのうちに、助けてくれる存在。
主に自分以外の誰かの影響を受けている時、彼は私に働きかける。

だから、
私が決めなければいけない事は、彼は決めてくれない。
私が決めなければいけない事は、私が選択しなければいけない。

* 
 
 
居間の明るい昼下がり。
ごくありふれた洋画の中から流れてくる、
オペラのアリアを聞いていたら、
二つ前の過去の時代を生きていた、自分の姿が浮かんできた。

レコードを回しながら
椅子に座って
思案するように俯いている青年
蓄音機の管から流れてくる まばらにひずんだ音階
オーケストラとテノールのアリア

壁一面に 本がずらりと並んだ部屋
片手は机の上 お気に入りの万年筆を持つ指先が
コツコツと たまに紙を叩くように
リズムを取りながら 文字を書いている

多分、論文。

歌い出しそうに身体を揺らして
椅子の足を傾け 揺らして

じっとしてないな。
やっぱり私だわ。

少し 煮詰まっている時の仕草
だから度々 嫌になる
 
 
ねえ、
ソラムは、
今の生活を捨てたら、
私は不幸になると思う?
それとも、幸せになると思う?

「。。人によって幸せの価値は違う。幸せの在り方も、何が幸せかも、その人が決める事だ」
「。。。やっぱりね。兄さんならそう言うと思った」

答えたのは、私の記憶の中に居る「過去のソラム」と、
私の存在の中に居る「過去の私」だった。

ある、一場面だった。
これは私が、遠い昔に過ごしてきた記憶。

「。。じゃあ、兄さんは、今の生活捨ててしまいたいと思う?」
「。。さあ、どうだろうな」
弟のベッドに座って上着に袖を通していた兄が、立ち上がる。
相変わらず、兄は言葉を濁す。いつもの事だけど。
「僕は、この生活捨てたくはないけど、トップ(責任者)さえ変わればなあ!」
弟は椅子に座ったまま兄を振り向いて、ちょっとわざとらしい笑顔でもう一度呼びかけた。
「。。ねえ!兄さんもそう思うでしょ?」

兄は 少しだけ口元を緩めてから 口角を上げた
弟とは目を合わさずに
静かに目を伏せて
笑顔のまま 部屋からゆっくりと歩み出て行く
 
 
 
「。。。君の本音を言いなさい」

ソラムにそう言われたんだ。この流れで、
だから、

。。私は、今の生活捨てたくはないけど、
────に変わればなあ!

って言ったんだ。
そうしたら、
スッと、
私は「ソラムの世界」に取り囲まれた。

ソラムの存在の全てに、丸く包み込まれた感覚。
その時、外界の全てが私から切り離され、遮断され、
私が、「何か」から解放されたのが解った。

「それでいい」

穏やかな 凪のような メンターの声が聞こえた
 
 
 
兄は、少しだけ口元を緩めてから、口角を上げた。
弟とは目を合わさずに、静かに目を伏せて、
笑顔のまま、部屋からゆっくりと歩み出て行く。

弟が兄の背中に尋ねた。
「どこ行くの?」
「散歩だ」
「僕も行っていい?」
「独りで行きたい」
弟は、少しふくれっ面をして、兄の背中を睨んだ。
「たまには一緒に行ってもいいんじゃないの?うるさいから邪魔?」
兄はドアを開けたところで立ち止まり、
弟を振り返って言った。
「一緒に行こう」
兄の顔には、少し楽しそうな、柔らかい笑顔が浮かんでいた。
 
 
 
弟が 兄の散歩を邪魔する事はなかった
ただ 思い思いに 新緑や鳥や虫たちを眺め歩いては
時々 互いの距離を確認するように
どちらからともなく 互いを振り返る

「論文はいいのか?」
「今ちょっと煮詰まってるから!気分転換したいんだよ!」
 
 

1917年の記憶。
 
 

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久しぶりに見えたんで書いてみました。
 

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