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【星紡夜話】星渉り7・「さようなら」3

『殺してください』

マーシアがユリウスに放った言葉は、彼の最大のトラウマを呼び起こした。
彼の脳裏に、メリッサを手に掛けた時の、手の感触が蘇る。
マーシアの肩を掴む手のひらが、僅かに震えていた。
それでも、マーシアはまっすぐに彼を見ていた。
ユリウスの震える心を見つめて、青い瞳を潤ませながら、それでも彼女は言う。
「。。私を、『ここ』から、解放して」
愛しているのなら。
と、彼女の瞳は、彼の胸に直接訴えかけた。

。。。ああ。
お前を引き込んだのは俺だ。
メリッサも、マーシアも。俺が引き込んだ。
彼女たちより以前に俺と「組んで」くれた、多くの魂をも。
過去に留まり感傷に浸っていると、彼女を責められる立場ではない。
分かっていても、それが俺の罪であるなら、
ならば、最後までその責任は果たさなければならない。

ユリウスは、そっとマーシアの肩を押して、長ソファの上に彼女を寝かせた。
虚ろなフランス人形のように、表情を変えないマーシアの顔を見つめたまま、彼は左手に小さな陣を起こして、長剣を呼び出した。
現れた金色の鞘を、固く握り直す。
彼の右手が柄を握り、白く輝く刃先を引き抜いた。
眼上にかざされた白刃を見つめながら、彼女は遠い過去を想い馳せていた。

愛されている実感が欲しかった。
脳裏に蘇る、奪われ打ち捨てられる日々の中で、彼女の唯一の望みは、彼の心を自分に留める事だったのかもしれない。
闇の中の誘惑ではなく、光に帰るための『命綱』としての自分に、彼の心を留める事さえ出来れば、と。
彼女はずっと、それだけを願ってきた。
それを実感できたのは、彼がほんの僅かでも、自分を愛してくれていると感じた時。

闇に手首を掴まれて、引き込まれようとした時、あなたは何て言ったの?
『こちらへ来い。ようこそ』と言った。
きっと、メリッサとは正反対の事を言ったのね。

。。。いいえ。あなたにとっては、全く同じ事だったのかもしれない。
ただ、あなたの立場が、正反対だっただけ。
メリッサの腕を掴んだ時は、あなたは光の側に居た。
私の腕を掴んだ時は、あなたは闇の側に居た。

ただ、それだけの事だった。
あなたは何も変わらない。
昔から、何一つ変わらない。

正直で、真摯で、まっすぐな人だった。

鏡のような刃の腹に映る、青白い昔の自分を見つめているうちに、マーシアはそこにようやく、本当の自分の姿を見つけられた気がした。

。。。ああ、そうか。
私が映していたのは、底なしの闇。
光を映そう。これからは。
光あふれる、「今」のあなたの姿を。

この鏡の体に、愛あふれる光を。

光の方へと、彼女は手を伸ばした。
剣を握る彼の手に、彼女の白い手が重なった。
二人で一緒に、柄を握りしめる。
ユリウスはその切先を、マーシアの胸元へと向けた。
剣先を向けられ、両手が彼の手に届かなくなっても、彼女は暗闇に白く光る刃の根元を、そっと掴んで離さない。
(。。ラファエル。フォローを頼む。全てが貴方の加護と計らいの元にあらん事を)
心の中で大天使に祈願して、ユリウスは真摯な瞳をマーシアに向けた。
彼女も、彼の瞳を優しく見上げ、そして笑った。
「。。。さようなら」
儚い笑顔でそう言った。
彼女が遠い以前から今まで、魂を賭して愛した男の瞳を見上げる。
「さようなら。。。あなた」
覚悟を決めたはずの青い瞳に、涙がにじんだ。
彼は笑えなかった。
ただ、それでも笑顔にならなければ、と、彼は無理に口元を引き上げた。
彼女の涙交じりの笑顔を、胸に焼きつけるかのように、じっとその眼差しを向けながら、最後の言葉を、胸の奥から絞り出した。
「。。。さようなら」
さようなら。。。愛しい人。
愛していたよ。

愛していたよ、ずっと。

湧きあがる熱情と共に、彼は握りしめた金色の柄を、真下へ打ち降ろしていた。

祈るように長剣を握っていた、彼女の白い両手が、力を失って崩れ落ちた。
長い白刃はマーシアの胸を貫いて、ソファの下まで突き通っていた。
ソファの真下から、僅かに突き出た剣先を伝って、鮮血が滴り落ちる。真新しい床板に、それは静かに広がっていった。
今、彼の眼下に広がるのは、唇の端から血を吐いて、息絶えた彼女の胸に刺さる剣。
ユリウスはしばらく動けなかった。
柄を握り締めたまま、彼は頭を垂れて、体の奥から湧きあがろうとする感情を、ただ抑え続けていた。
感情の渦に体が震えるのを、やっとの思いで抑え込むうちに、背後に大きな気配を感じて、彼はやっとその渦から身を引く事が出来た。
ゆっくりと、マーシアの白い胸から長い剣先を引き抜く。
振り向きもせず、ユリウスは俯いたまま、マーシアの傍からゆっくりと退いた。
入れ替わりに、彼女が横たわるソファに近づいた大きな気配は、ラファエルだった。
ラファエルは黙ったまま、血を流し続けるマーシアを抱きかかえる。
そのまま静かに、サロンのの戸口へと向かった。
「。。。ラファエル」
ユリウスのかすれた声を聞いて、大天使は足を止めた。
「。。。。ありがとう。。ございました」
ラファエルが、静かに彼を振り向いた。
血に濡れた剣を片手に握ったまま、ユリウスが頭を垂れていた。
俯いた彼の目元から、小さな雫がいくつか落ちるのを、大天使は見て取った。
「あなたの礼を受ける資格が、私にあるとは思いません。。。あなたの為にしたのではないのですから」
彼がこうしてラファエルに謝辞を述べるのは、これで何度目だろう。
回を追うごとに、その姿勢が彼本来の姿を取り戻しているかのように、大天使には見受けられた。
「あなたを『拾い上げた』のは、この子自身の意志ですよ」
言葉にしたのはそれだけだった。
頭を下げたままのユリウスを残して、マーシアを抱えたラファエルはサロンを後にする。
その足音を聞きながら、彼は静かに、胸の奥で祈り囁いた。

。。。それでも、貴方の魂を分けた者であるならば、それは貴方の慈悲でしょう。

ラファエルの足音と気配が、カスタリアの家から消えた後、彼はようやく、頭を上げる事が出来た。
涙で霞んだ目を開けると、彼の視界に広がっていたのは、彼女の赤い鮮血が滴る鋭い剣先。
先ほどまで、彼女が寝ていた布張りのソファに広がる、赤黒い染みと、床に広がる水たまり。
それを眺めながら、彼は己の意識をしっかりとこの場に留める事に、全神経を費やしていた。

愛する者を、また手に掛けた。
この手に残る感触を、永遠に忘れはしない。
永遠に、背負い続ける。
君に頼り切った、愛されることしか出来なかった、代価として。

彼はその手のひらに、メリッサを手に掛けた、あの時の感触を思い出す。

あの時自分は、彼女を置いて闇へと向かった。自責の念に耐えられず。
光に留まる勇気も持てず。

右手に握る凶器から目を逸らす事なく、彼は自分の胸に言い聞かせた。

今度は逃げない。
俺はこれを背負い続ける。

今度こそ、逃げはしないよ。。。メリッサ。


すいません。あんまり生々しい表現は控えたつもりですが。
同人誌書いてた頃に、こういう「現場」を描写すると、「血だまりがこっちに流れてきそうだよぅ~(>_<)」と言われた事があるんで。。全体公開だし控え目に。。。
もうちっと細かく描写したかったんだけど実は。←
「清書」ではもう少し書き込もうか。←

血ぃ出ちゃいましたね。えぇ。←
今まで誰を突いても血なんて出た事なかったのに。←

今回はどうしても、「死ななきゃ」いけなかった。
だからかな。

昨日あそこで切っといて良かったな。後半がこんなに長くなるとは思わなんだ。

さて。お話はもうちっと続きます。

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