「誰の中にもあるミカエル~72の神性が持つ大天使の欠片」

今日は強力な満月の日で、書きたい事は色々あるのですが、表にはこれを書いておこうと思います。

主に「投影」についての話になるかと思います。

私が持つ魂の性質と、誰かの性質が似ている、という事はままあります。

特に、72の神性において、自分のパーソナルエンジェルの性質が、他の誰かが持っている性質と同一だったとするならば、「似ている」のはもはや当たり前であり、むしろ似ているのではなく「全く同一」であると言えます。

ある人のハイヤーセルフと私の72天使(特にインカネーション)が似ていると言われた事がありました。

私が、その人のエネルギーを取り込んで、その人と私自身を混同していると。

その人はどうやら、私の内観の様子をずっと見ていて、時には私の無意識に介入していた人らしいのですが、

私がその人のエネルギーを取り込んで、その人のハイヤーセルフを自分の事のように表現していたのではありません。

その人と私が、同じ性質を持っていたのです。
要するに「似た者同士」だったのですよ。

私の魂は、大天使ラファエルの性質を強く持っています。それは私の魂の性質なので、基本的に変わりません。
ですが今生、私は生まれてくる時に、72の神性からミカエルの性質を選んで生まれてきました。

大天使ミカエルに近い性質を持つ72天使は、私が覚えている限り6人います。

41ハヘヘル
42ミカエル
43ヴェヴリア
48ミハエル
49ヴェフイア
50ダニエル

私のインテレクト(今生の知性を担当する神性)は43番ヴェヴリア、インカネーション(今生の生き方を担当する神性)は50番ダニエルです。

私のパーソナルエンジェルの中に、大天使ミカエル似の72天使が2人居る事がお分かりいただけるでしょうか。

上記6人の72天使達が、大天使ミカエルの性質を一部分ずつ分割して持っている、という説明だと解りやすいでしょうか。 大天使ミカエルの性質を6分割して現したのが上記の6人の天使達。という事ができますね。

公明正大を旨とする「正義」の性質を持つヴェウリアと、裁判官の如く雄弁で慈悲深いカリスマ性を持つダニエルの二人が、私の中には居ます。

私のダニエルは、「天使」としてイメージすると「大天使ミカエル」のように見えます。それは大天使ミカエルの性質の一部分を持っている神性である、という証拠でもあると私は思っています。大天使ミカエルに見えるそのイメージは、地上の私から低い波動を取り除いた、72の神性としての、ダニエルの本来の姿です。

私達は、全部持ってるんです。 ひとつの魂の中に、全ての大天使の性質を持っています。
それが本来の人間の姿です。

「あなたは大天使レベルだとミカエルだね、あなたはラファエルだね」というのは、ただ、自分の魂はどの分野が得意なのか、どの大天使の性質を訓練して成長させて特化してきたのか、という話なのです。

私は今生、ダニエルをインカネーションに選んで生まれてきました。
今生は、地上での「生き方」を、自分の中にあるミカエルの性質に頼って、ミカエルの性質を発揮して生きる事を選んだ、という事になります。

なので、私の中にミカエル似の天使がいるからって、 それが全て「ミカエル」を大天使に持つ人の魂の一部分なのか、というと、それは違います。

私のツインレイが以前、「誰の中にもルシフェルの部分がある」と言ったのと同じように、
誰の中にもミカエルの部分があります。

視点があまりにも自己中心になっていくと、偏向した見方しか出来ませんね。いくら理屈では解っていても、「見たもの」を正確に解釈できないのであれば意味がない。そういう人は、視点をまず自分自身へと向け直すべきです。

自分の事よりも他人のことばかり見ていたら、自分と他人を混同して、 私のダニエルを自分の一部だと勘違いしてもおかしくない。

 

このカテゴリーに記事を書いたのは、「見える人」は既にご存知の通り、信仰庁の代表二人が、評議会の最高位から降格し、聴講員の席に甘んじる事になったからですが、
彼は自分の魂の記憶を遡って、自分の魂が大天使ミカエルのモデルになってると認識したもんだから、他の人の中にある「ミカエル」の性質を全部自分のものだと勘違いして、それを取り返そうとした、もしくは、
「俺の一部を取り込むくらい、おまえ俺の事が好きなんだろ」
と自惚れていた可能性がある。と私は感じました。

勘違いしているのは、彼の方だ、と私は言いたいです。

聴講員にありがちな偏りですね。
そう思うと、やはり彼は最高位には相応しくない。

彼が失敗した理由はね、5千年前と変わらない。
「自惚れ」と「プライド」「高邁さ」だと思いますよ。

 

私はずっと、自分自身を見つめてきました。
私の中に介入しようとする人たちを含めて、私は私を見てきました。

私の無意識や魂の記憶の中に、「彼」が全くいなかったのか、というと嘘になります。 でも、今まで私が「見て」きて、「私自身」だと定義したものは、間違いなく私自身の一部です。

「イメージング内観」で、他人を絶対に介入させてはいけない、という理由が、これでお分かりいただけたと思います。
私が身をもって証明しました。

私は、魂の根幹に大天使ラファエルの性質を「得意」として持っていますけど、
「ラファエルだけが私の性質ではない」という事を、ここに明言しておこうと思います。

人の魂がひとつの性質に自分を絞り込むのは、今の段階では損でしかない。
私の魂は、そんなに「狭く」はない。

私は何者にでもなれる。

何年か前にもそう書きました。
私は何者にでもなれます。
それは全て私です。

投影とは、
自分と同じ性質を持つ者を見て、自分の中にもその人と同じ性質があると気づく事、自分もそれと同じ性質を持っていると「気づく」事です。

この場合、投影していたのは、
私に介入しようとする人たちから逃れ、独り離れて淡々と内観作業をブログに公開していた私ではなく、
私の内観作業をわざわざ覗きに来て、私の中に自分と同じ性質を見つけて「あれは私のものだ」と騒いでいた人達です。

私は何も譲る必要がなく、
私は何も捨てる必要がなく、
私は誰からも与えてもらう必要がなく、
私は誰からも返してもらう必要がなく、
既に全てを持っています。

 

自分の一部が「モデル」として用いられたからと言って、
それが偉いというわけではありません。
頭でそれが解っていても、
地上で満たされない部分があれば、
どうにかしてそれを補おうとして、
魂が元々持っている高次の性質でそれを賄おうと、無意識が働きます。

スピリチュアルエゴというのは、そのように起こります。

地上で満たされていない者が、高次に繋がるのは危険なのです。

高次のエネルギーで自分を満たしたければ、
地上のエネルギーで自分を満たさなければならない。

これは矛盾ではありません。
「対等」「均衡」「中庸」といわれるものです。

高次のエネルギーと同等の、地上レベルのエネルギーが必要です。
でなければ、高次の神聖なエネルギーに「地上の器」である私自身が負けてしまい、
「高次の言いなり」になった結果、先ほどの例で言うと「大天使ミカエルは俺一人」という認識になります。

人の魂には元々全てが備わっています。
大天使ミカエルも、大天使ラファエルも、他の全ての大天使も。
生命の樹で、全てのパスを通過し、全てのセフィラを体現し、地上で「完全な人間」として発現するのと同じように。大天使もまた然りです。

72の神性は人の魂の全ての性質を内包しています。
元々、人は偏ってはいません。

偏って見えるのは、
地上で、魂が持つ全ての性質を体現するのが難しいからです。
地上は狭いのです。魂が全ての力を発揮して働き生きるには、地上は狭すぎます。
だから、地上に降りる前に、自分の性質を「チョイス」してきている、という事を思い出してください。

私は全てを持っている。欠けているところなど無いし、元々満たされている。

満たされない、欠けている、と感じるのは、
地上でのエネルギーが足りないのです。

地上で、実生活で、満たされる事を心掛けてください。

「地上の自分」が満たされてこそ、「高次の自分」は存分に地上に顕現することが出来ます。

魂が既に満たされ、既に全てを持っている事を思い出し、
地上の自分の幼い心を喜ばせ、満たせれば、
私には何も不自由な事はありません。

 

満ちる直前に撮影した、1月11日の蟹座満月です。

 

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