「過去の経験から得る霊的な強さ」│内観考察

有料noteの方で予告しました、
「霊的な強さ(精神力)」とは。
みたいな話をします。
それに関連して、「過去生の活用法」みたいな話をするかと思います。
「星紡夜話」銘記25、26、の記事から少し引用して、加筆修正しながら書いていきます。

 

スピリチュアル的な精神力って何だろうか、それは結局どのようにして身に付くのだろうか。という話です。
サイキック的、かつ魔術師的な観点で精神鍛錬をするというのは、結局のところ、「自分自身を統率する能力を身に着ける事」なのだろうと思います。
簡単に言うと、「自分を律する力」ですかね。

スピリチュアルに関わって、いざ精神鍛錬をする際には、自分の存在の中に元々持っている、様々な「性質」を、「今ここにいる自分」に統合していきます。
その統合作業の中で、色々な出来事が起こります。
今生のトラウマや過去生のトラウマが見つかったり、過去から引きずっている魂の悪い癖が見つかったり。今の自分の成長を阻んでいる頑なな古い価値観が見つかったり。そういうものを癒したり、不要な癖を取り除いてクリアにしていくと、「今の自分」に必要な性質や能力だけが残ります。
その残った必要な部分だけを、今の自分に統合します。

統合したらどうなるか、というと、
視野が広がり、多様な価値観を理解し、受容出来るようになります。
今生で扱える経験値が増え、過去で培った知識や精神力を直観で扱えます。
理屈抜きで理解出来る事が増えます。(思考に縛られないということ)

後は何かな。。。
自信がつきますね。過去生の経験の蓄積が、自分の実績として今に生かされていると感じられるので、それが今生を生きる為の自信に繋がります。自慢する必要は微塵もありませんけど。(笑)

結局、「霊的な強さ」って、過去に自分がどれだけの経験を積んで、それを今の自分にどれだけ統合できているか、なんですよ。

私自身は、過去生で剣や武術を鍛錬して得た「精神力」を今の私に統合させ、
そして過去生で高等魔術を学んだ時の経験も統合して、霊的施術をする際に活かしています。
外に向けて自分の意志を発信する時や、スポークスマンのような役割を果たす時は、複数回「女王」として転生した時の経験が生かされてるな、と感じます。

過去生はそんな風に活用しなきゃー。と思っています、私は。(笑)

今のヒーラーさん達はどうなのかな。昔は「過去なんて詳しく見えなくていい、過去に囚われてしまって今を生きられなくなるから」という意見が圧倒的に多かったですけど。
私はその風潮の真逆を行っていたので、随分と批判的に見られていたようです。

「過去なんて見てどうするの?」という人もいるかと思います。
過去生を見る事の意義、上にも書きましたけど。

過去生の延長線上に、今生の自分が居るわけです。

今、大人になった自分から見て、幼少期の自分も、もう既に「過去」ですよね。
それ、完全に切り捨てて生きられますか?
過去の積み重ねの上に今の自分が立っている事を忘れてはいけません。

今生の幼い頃の自分を土台として生きる事。
過去生の自分を土台として生きる事。
スケールが違うだけです。
過去生という大きなスケールを扱いきれないから、過去生をバッサリ切り捨てて無かった事にしようとする。
でもそれでは根本的な解決にはならない場合もあります。
過去生から引きずっている因縁が今生の人生にも影響を及ぼしています。誰でも少なからずそういう状態になっていますから。

でも大抵の場合、過去生がハッキリと見えなくても、今生の自分の性質や出来事に、過去は全て反映されています。

だから、サイキック的に過去生が見えなくても別に良いわけです。
今生で見える自分の悪いところを改めて、良くなる努力が出来るのであればね。
普通に「見えない」人であればそれで充分です。

ただ、原因が今生ではなくて、遠い過去生の自分の行いにあった場合、「見えない、知らない」では解決できない事もあります。先日のイシス神官の件もそうです。
その場合はサイキック的な霊的処置が必要かと私は思います。

地上に転生して、地上で魂の全部の性質を体現するのは至難の業です。
だから、大抵の人は、自分の魂の性質の一部分を地上に持ってきて体現します。
その性質は、転生によって様々です。
気性が活発な性質の転生、おとなしい性質の転生、聡明な頭脳を持った転生、肉体を動かすのが得意な転生。
同じ一つの魂でも転生によって全く別人のようになります。だから、何度転生できるとしても「たった一度きりの人生」であると思う事は間違いではありません。
その時の転生でしか発揮できない性質、その転生でしか得られない経験があります。それが魂に蓄積されて「叡智」という財産になります。

72天使や生命の樹で表される今生の個人の性質は、今生で得られる学びや経験値でもあります。その今生の性質を真面目に経験して積み重ねていくと、魂の実績として自分自身に能力やスキルが積み重ねられていきます。

そんな風に転生をたくさん重ねていくと、サイキックな分野において、無意識層で「魂の転生経験」を総動員して地上の自分に統合させ、やがて自分が持つ魂の性質を全て地上で体現しながら生きることが出来るようになります。

そうするともう、生年月日等から割り出される「今生だけの性質」では、説明がつかない自分になります。占いや既成概念から自由になり、自分の魂(存在)が持つ全ての性質を地上で体現しながら自在に生きるようになります。

つまり、「生命の樹のセフィラの性質を全て体現出来る人間」になるわけです。
それが「完成された人間」です。
だから、一度きりの転生で生命の樹を学んだだけで完成するものではないのですよ、アダムカドモンって。

 

 

精神的な強さを得る為に必要な努力とは。という話に戻ります。

今現在、自分の魂が保持している過去の経験を統合した結果、精神的な強さも備わる。という話をしました。
その、魂が保持している経験は、結局のところ、三次元の地上に転生して経験してきた事の蓄積です。

やっぱり「地上での転生経験」に勝るものはないですよ。
地上で、自分の魂が、どんな気持ちで、どんな決意で、どんな経験をしてきたか、が重要なのです。

「宗教的、スピリチュアル的な鍛錬をしないと意識レベルや魂が成長しない」なんてことは、絶対にありえません。普通の生活をしてても意識鍛錬は出来るし魂も霊性も進化します。

同じ事を経験しても、「その時の感情、心の在り方、何のためにそれをしたのか」、その内容次第で、魂の経験値は大幅に変わってきます。

私自身は。。「自分の為にもなって、大勢の人の為にもなる事」を心掛けてきたように思います。自分が納得してやれないと未練や怨みを残してしまう。それでは意識や魂の成長を阻害してしまうし、周囲の人々の為にならなければ、大勢の人から恨みを買って害されてしまう。当たり前の事なんですけどね。
皆で幸せにならないとね、最終的には。

「高次の意思に沿う事は条件に入らないのか?」という意見も出てくるかな。。
それはまあ、当たり前の事です。
ただ、ここで誤解して頂きたくないのが、
「高次の意思=自分自身のハイヤーセルフ」であって、自分が従うべき高次の意思とは、それ以外の存在ではない、という事。
自分の存在の最高次を無視して、他人のいう事を聞くのは奴隷と同じですよ。いくら相手が高波動を放つ存在だとしてもね。
私は、自分のハイヤーセルフにすら、「あなたは私の奴隷ですか?自分の意志で決めなさい」って言われた事がありますが。(苦笑)

どこかの記事で何度も話している事ではありますが、
最終的には、地上に居る顕在意識の私と、高次にいるハイヤーセルフとは対等にならなければいけない。自己存在中の力関係において均衡を保つという事です。そうしないと地上で自分自身の存在全体を扱いきれなくなります。
全ての次元で均衡に、対等に。これが基本だと私は思っています。

たまに、必死になって私の粗探しをして、私のネガティブな過去生を探り当て、
「この過去生の負債は支払って償ってるのか否か」
と、調べてくる人もいます。

もし過去生の負債が残っていたとしても、
その時返せばいいだけです。

甘んじて受けて、そして昇華して前へ進む。
それの繰り返し。
その時に、

「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!」

ていう感情にならなければいい。
だから過去生を知っておくのは割と重要で、
「この過去生があるから今私にこんな事が起こってるんだな」というのが解れば、謙虚になれる。
これを謙虚に受け入れてこそ、負のカルマは解消される。

甘んじて受ける。

「事実を、現実をあるがままに受け入れる」
ていうスピリチュアル業界で当たり前のように言われている事は、こういう時の為にあるんですよ。

 

私が今まで、精神的な孤独にひとりで耐えて進まなきゃいけなかったのは、前世のカルマを晴らす為でもあったし。
そういう負のカルマを清算する環境を作ってくれた人だ、と思えば、相手を怨む事も出来なくなる。怨む気持ちが湧いてこない。

ただ、ああいう意識の低い人がそういう役割を果たすんだな、と思います。普段は近づきたくない相手だな、とは思いますが。

負のカルマを解消していけば、そういう負のカルマを清算させようとする人とも、接点が無くなっていく。出会わなくなってくる。
負のカルマを清算した人達が増えれば、負のカルマを引き起こす意識レベルの低い人も減ります。その分、「地上の天国」に近づくというものです。

 

私のブログを読んでくれた人がいたようで、こんな声が聞こえたことがありました。
(乳がん闘病の末に。。こんな事あるのか。。癌で倒れて消えていくスピリチュアリストは沢山いるのに。。。)
(普通の医学的な治療を受けてる。。これは、既存の(自然療法で癌を治すという)考え方を改めないといけないな。。)

私はね、癌を自然療法で治すっていう考えは、最初からなかったですね。
抑鬱の時は、薬だけに頼ってたら絶対ダメだ、生活改善をして考えを改めないと薬物依存になってしまう、と思い、割と自然療法的な手段を用いて克服しました。
でも、精神の病気と肉体の病気とでは勝手が違う、という考えが、私の中にはあったようで。
癌を徹底的に化学療法で治していく過程で、気がついたら精神の方も変わってましたね。今までの心持ちを変えない事には、厳しい癌治療の苦痛に耐えて治療を乗り越えることが出来なかった。治療が一段落した時には、以前の自分とは違うな、生まれ変わったな、という感覚がありました。

その後、自分の波動が上がってる事に気づいたかな。。1年ぶりくらいに「土台と神殿を築く、二つの法則」の記事を書いた時に気づきました。

結局、癌から逃げずに正面からちゃんと戦った事が、私の意識をカルマから解放して変える事になったんでしょうね。私はそう思ってます。

 

 

自分の中に眠る「悪魔」の部分を扱う事について少し書きます。
意識上昇して、自分の存在の中の高次部分と接続できるようになってくると、当然ですが、下次元方向にも存在の幅が広がります。
高い所に繋がって一つになったら、高い所ばかりに居られる、なんて事は絶対ありません。存在はバランスを取るために低い部分にも根を張るように広がります。

その際に、自分の低い部分、悪魔的な部分をどう扱うかが問題になってきます。

まず、自分の悪魔的な部分を完全に無視したり斬り捨てるのは論外です。
それを「悪」と捉える事をやめる事。

低い次元の部分というのは、地上で生きる為の力になる部分です。

その低い「悪魔の部分」を完全否定してしまったら、地上で生きる為の力を失います。文字通り「地に足がつかない人」になり、現実離れした理想を語るだけで実際には何も出来ない人になりますよ。

まあ大抵の人は、「それはそれ、これはこれ」という感じで、「高次のスピリチュアルな事」と「現実の実生活」を分けて考えているから、極端に地に足がつかない人は居ませんが、結果的にスピリチュアルに関わっている意味がない状態ですね、それは。そんな「別物」のように切り離した考え方では、魂や意識レベルの進化は全く望めません。

高次の波動というのはとても微細です。地上では感知できないくらい繊細です。
この意味わかりますか?
地上では、低い部分のエネルギーの方が、現実を動かす影響力があるという事です。

じゃあ、高次の波動は地上でどのようにしたら影響を及ぼせるようになりますか?
どうしたら、地上に高次の意思を反映して、高次の意思で現実を動かせるようになりますか?

私は、高次の波動や高次の意思は「司令塔」で、低い次元の波動や悪魔として在る部分は「実行役」だというイメージを持っています。

つまり、自分の悪魔の部分を自分の高次の意思で完全に操れるようになっておくこと。自分の中の悪魔が自分のハイヤーセルフに喜んで忠誠を誓って従える状態を保つ事です。

高次の意思で動く「悪魔」は、もはや「悪魔」ではないですね。私の忠実な僕、私にとって頼りになる存在です。(笑)

高次の意思を離れ、低い次元のエネルギーが私自身を支配して動かす時、それを「悪魔」と呼びます。

存在の幅が高次へと広がると、その分だけ低い次元へも存在の幅が広がります。
その分だけ、自分が扱える「力(低い次元のエネルギー)」が増える。その力を扱う責任も、私自身に課せられます。
存在の幅が広がるというのはそういう事です。

その低い次元の(悪魔的な)力を、地上の私がまだ正しく扱いきれないとハイヤーセルフが判断した時、高次への存在拡大も遮断されます。

だから、例えば地上で不幸な問題を起こしてしまった時、
問題になるのはその低い部分(悪魔)が存在する事自体ではなくて、
その低い部分が「行動の主体」になってしまったきっかけが一体何だったのかという部分です。
「悪魔が悪い」といって全部悪魔が存在する事のせいにするのは、根本的な解決にはなりません。そうではなく、その悪魔をコントロールしきれなかった自分の、どこにコントロールしきれなかった原因があるのか、そっちを探究する方がよっぽど大事なんです。

「悪魔」は手懐けなければならない。「最高次の意思」によって飼いならさなければならない。
自分の低い部分をどれだけ飼いならして手懐け、使役できるようになるかが大事なんですよ。悪魔に支配されて動かされるようでは本末転倒だからね。

 

 

悪魔のコントロールの一つに、「復讐に対する考え方」があると思います。
自分が理不尽に酷い目に合わされた、と感じた時の、自分自身の悪魔のコントロール法。

まあ、大抵ひどい目に遭う時というのは、自分がこれまで積み重ねてきた「ネガティブなカルマ」が原因です。
負のカルマが沢山残っていると、それを清算する為にエネルギーが動きます。その結果、それ相応の報復を受ける事になる。

だから、ひとつは、その業を甘んじて受けて、それに対して報復をせず、自分の番で「負のカルマの繰り返し」を終わりにする事。
そして、もうそのような負のカルマを引き起こさないよう、自分自身の意識や感情を整えて改める事。

もう一つ、顕在意識的なやり過ごし方として、私がいつも思っている事を書きます。
私は、理不尽に自分が害され、ひどい目に遭った時、
私に酷い事をした人には、私から遠く離れた所で、私と関係ない所で痛い目に遭ってほしい、と願っています。
「私が手を上げるまでもない人間なんだおまえは」という気持ちでいます。
復讐は、そうやって果たされる。

そして、加害者がちゃんと報復を受けた後は、遠くで幸せになってほしいな、と思っています。
でないと、加害者がずっと不幸なままだと、またこっちにとばっちりが来てしまうから。
「私が不幸なのはやっぱりあんたのせいだ」とか言って戻って来られたら困る。
最終的には、嫌いな人には、「遠くで幸せになってください」と思ってます、私は。

それが、私自身の「悪魔」の扱い方です。

 

 

結局、「霊的な強さ」「霊的圧力に負けない強靭な精神力」というのは、「高次の波動」に繋がるだけでは得られません。
高次の波動に繋がって一体になって、その上で、高次の波動を主体軸にして自分の低い波動を自在にコントロール出来なければなりません。
低い波動をコントロールする為の鍛錬は、結局地上に転生して経験を積まないと出来ないんですよね。

なので、高次の存在にばかり意識を持っていかれないで、スピリチュアルに関係のない実生活もしっかりと経験して、自分を律する為に必要な実績を積み上げていく事。
高次の意思を体現する為の、「低い波動を鍛錬する事が大事」なのだ。というお話でした。

だって、高次部分は純粋で無害な波動なので鍛錬する必要ありませんからね。
要は低い波動である「自分の悪魔」をいかにコントロールするかなんですよ。
だから、「魔術師」と呼ばれる人々は古来から「悪魔をいかに操るか」に焦点を当ててきたのではないか、と思っています。

 

私は普段、自分から「このテーマで記事を書こう」と思う事は少なく、外からの質問や刺激で書く事を思いつくので、また何かありましたら質問投げて頂ければと思います。

 
 

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