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風の小径 詩片

「永遠」│詩片

 
たまに思う。それを知ってなんになるのか。
それが何の役に立つのかと。

時間の中に、物質の中に生きているのならいっそ、そこに浸り、そこに幸福を見いだした方が、悩みや苦悩などなくなるのでは。

だがすぐに私の中の誰かが答える。
だがそれは限られたものだと。 条件付きであると。

「どんな環境でどんな時間を過ごそうと、君は幸福でいられるかい?」

憎むには努力がいる。
意識していないと続かない。

ふと、その人に焦点が合うと、
その人と同等のエネルギーが流れてくる。
それが時には、優しかったり、嬉しかったり、
それが時には、憎らしかったり、惨めだったり、
人によって、様々で。

時折、区別をつけるのが難しい。
私は今、私自身は今、何を感じている?

『やあ、ようこそいらっしゃいました』
『はじめまして。書面では何度かお話いただきありがとうございます』
『あなたのご提案、読ませていただきました。いやいや、それにしてもお若いとは聞いていましたが、こんなにお若い方だとは』
『若輩者ですが、若いなりに今までにない斬新なアイデアを絞り出してみました。お気に召して頂けると嬉しいのですが』
『ええ、実に面白い。このご時世に”平和”を外商の手段になさるとは』
『。。外殻的アプローチです。ある意味で、”忘れ去られた消費者”ですよ』
『そう。あなたの分析的な考察や統計の結果を見せていただかなければ、弊社の役員を説得する事は出来なかった。あなた方を支援する事も出来なかったでしょう』
『。。ご支援いただけるのですか?』
『お引き受けいたしましょう。細かい話は弁護士を同席させます。その前に、一緒にお食事などどうですか。近くの良い店を予約しているのですよ』
『ありがとうございます。是非同伴させてください』
『。。ああ、確か食べられないものがあるのでしたな? 私の馴染みの店はお口に合わないかもしれないが』
『いえ、お気になさらず』
『そうですか』

。。さて。食事を満足に出来ない分、どんな会話でカバーしようか。
彼を惹きつける題材は。。

初老の経営者と共に建物の外に出ると、短い階段の下に家や親を無くした子供たちがうずくまっていて、降りてくる経営者を縋るように見上げていた。洋服も見るからに薄汚れていて、所々擦り切れてしまっている。
僕の前を歩いていた経営者は、その子を野良犬を追い払うように蹴り避けた。
『。。全く、物騒な時代になりましたな。あなたもお気をつけなさい。こいつらは物乞いのふりをして物取りをしますからな』
『。。ええ』
経営者の言葉には、生返事しか出来なかった。
その薄汚れた哀れな子供に、自分の幼少期の姿が重なってしまったからだ。

僕だって今はこうして、立派な紳士服を仕立ててもらったものを着て、良い学校にも通わせてもらったけど、
あの時、兄と一緒に拾われなければ、僕は今頃、あの子と同じ姿で居たかもしれないんだ。
この経営者は、僕があの子のような姿で現れたなら、きっとあの子にしたのと同じように、僕を足蹴にしていただろう。
その時には、肌の色や、主義の違いなども、今は笑顔で隠している気に入らない要素は全て込めて、僕にぶつけるのだろう。

人は清潔に着飾った者には愛層良くしてくれる。
教養のある者には頭を下げてくれる。
金や権力がある者には媚びへつらう。

その様が、この世の幸福であるなら、
人はまことに、現金な生き物だ。

それでも、無いよりは、有るほうが、ある意味、楽ではある。可能性も広がる。

「有」と「無」の、
「全て」を望む者には「強欲」というレッテルを張られるだろうか。

それらがすべて無くなった時、人はどう変わるのだろう。
あの物乞いをする子のようになるのか。
それとも、
兄が言うところの、「新たな生」を生きられるのか。

「全て」を手放した先にある、あの場所で。

「。。。。どうだった? 今日の会合は?」
「。。こんな時に。。仕事の話しないでくれる?」
「ああ、ちょっと、気になったんだ」
「。。上手くいってるよ。協力してくれるって。。来週具体的な話をする」
「そうか」
「面白いってさ、僕の提案」
「そうか。。。どうした?」
「。。なにが?」
「いや、何でもないよ」

嫌だな。
兄さんはそうやって、すぐに見抜く。

こうやって囲われている組織の「外」に出て、「世界」に接した時、
どちらが現実で、どちらが真実なのか、分からなくなる時がある。
そこは、今までずっと囲われていた環境とは、全くの別世界で。

魅惑的なほどに煌びやかで、
おどろおどろしいほどにどす黒くて、

あの食事会の後、少し吐いた。

『。。本日はご多忙のところを、貴重な時間を割いて下さりありがとうございます、猊下』
『どうぞ、お座りください』
極秘に会う事を承諾してくれた白い祭服の老人は、恭しく頭を下げる僕を微笑ましく見下ろし、優しく椅子を勧めてくれた。

『。。。最終的に私達が望む未来は、今や人々の精神次元における権力機構となってしまった宗教組織の下で真実を”搾取”される人々が、あまねく、司教と同等の価値を持つ事を認められる事です。彼らが真にその真実の価値を見出す環境を整える事です。具体的には。。。大変不躾で恐れ多い意見になる事をどうかお許しください。教皇庁においては、教皇制の廃止です』
『。。それは、あなたの兄上の意向ですか?』
『勿論です。そして私自身の意志でもあります。それが私たちの神性が告げる真実です。いにしえの時代から続く制度が、人の進化を妨げるものであってはならないという事です。もちろん、今すぐというわけではありません。百年か、二百年かの時間をかけて。。それは数十年前に起きた、「王政の退位」の、更に進化した形にすぎません。これは絶対的指導者を持たずしても人は神が示す真実を生きることが出来る、という言葉に置き換える事ができます』
『あなたの兄上は指導者ではありませんか?』
『いいえ、違います。兄は”代弁者”です』
『我々も神に仕える者です。。。そう、あなたの言いたい事は解かります。ですが、人々はまだその域に達してはいません』
『ええ、解ります。”いずれ、最終的には”という事です。形あるものは時と共に姿を変え、やがて崩れゆきます。どんな組織も、私が属する組織もまたしかりです。人が指導するのではなく、一人一人が”神が住まう宮”になるという真の意味を。。。大変不躾な意見を申し上げましたこと、どうぞご容赦ください。ただ、それが本来の真実の人の姿であると、いずれは私たち人類全てがそのようになる事が神の望まれる道であると、私たちは信じております。それを猊下と、猊下とお立場を共にされる方々の、御心の隅にも留め置いていただけましたら幸いです』
『あなたが言うように、いずれその時が来るのであれば、神が示し導かれるでしょう』
『その時が早く来る事を願っています』
『では祈りましょう、神の御心が為されるように』

祈りは、届くだろうか。
ほんの小さな、
小川のせせらぎに流されるうちに研磨され、白く丸く、小さくなった小石のような者の祈りだ。

今ここにある「常識」をぶち破らなければ、きっと、「奇跡」は起こらない。

兄さんは、きっと、僕らが望む「未来に在るべき形」の「モデル」になってくれる。

兄さんは輝石だ。
でも、
もう、この小石には、僅かな時間しか残されていない。

小さな部屋で横たわり、外に出られない代わりに、彼女は僕の枕元を綺麗に飾ってくれた。
先ほど摘んできたばかりの季節の花。可愛らしい野の花や、芳しい大輪の薔薇。
美しく綺麗に整えられた寝室で、 黄色く光るランプの灯りが、僕の太陽。

それさえも眩しいのに、
天気のいい日には、「窓を開けましょう」と、彼女は笑ってカーテンを引く。
本物の太陽は、暗いところで横たわり続けた目には眩しすぎて、結局僕はまた目を閉じた。
瞼を閉じてもまだ白い、眩しい壁の中で、暖かい香りの中で、
疲弊した胸に外気が心地よく染み渡り、僕は、再び眠りに落ちる。

「助けてあげる」と、頭の中で囁く声は、
とても優しく、それでいて心強く、
でも、心許なく。

隙間風のような寒い音を立てて、生臭い息を吐く、か細い呼吸が続く。
ああ、誰だろう。
こんな情けない、惨めな僕を助けるというのは。
 

あの時私は、信じていただろうか。その声を。

信じて、信じて、信じていれば、
また違う未来が、この病身に、奇跡を起こしただろうか。

『消さないでくれよ。絶対に助けてやるからな』

私に必要だったのは、ただ少しの我慢と、 時が来るのを待つこと。
ただ待つということが難しく、
 

この時ばかりは、時間が無くなればいいのにと、
それが瞬時に現れてくれることだけを願い、
願いながら、呼吸が楽になったと思えばいつも、僕は眠りの淵に落ちている。

ああ、兄さん。
今度はいつ、現れてくれる?

あとどのくらい眠れば、帰ってくるんだっけ。
尋ねるたびに彼女が、手帳を確認してくれるのに、少しも覚えられない。
長く眠りすぎて、かといえば長く眠れない苦しみが続いて、
今がいつなのかも分からなくて、
時々、自分が「ここ」に居るのかすら、分からなくなっていて、
ふと目が覚めるたびに、ここはどこだったろうか、と、
何をしていたのだろうか、と、

何の続きだったろうか? と。

ああ、そうだ。僕は、ここで寝込んでいたんだった。

やっぱり、時間はないとダメだよ、兄さん。
だって、これじゃあ、
生きているのか、死んでいるのかすら、分からないじゃないか。

ああ、でも、やっぱり辛いな。
また兄さんを見送って、
こうしてずっと、何も出来ないまま、待っているだけの時間は、
消えて無くなればいい。

感じ方は、人それぞれだけど、それでもひとつ気づいたのは、
時間も空間も無くなってしまった所にただひとつ、存在し、
社会的な立場も健康な肉体も明晰な思考力も、
何も無くなってしまった僕にさえ注ぎ続けてくれている、
愛情が、尊いということ。
まだ、誰かを想うことが出来るということ。

ねえ、兄さん。
この先の永い眠りの果てにも、こんな愛情があるのかな。

ずっと、あるのかな。

ずっと、あるのなら、

時間も空間も無くなったところで、
きっとまた逢える。

いつでも、どこででも、あなたに逢える。

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「助かる」って、なんだろう。
この苦しみから、思い通りに動かない、痛みと息苦しさを伴う窮屈な肉体から、
時間と空間ごと、解放されるのなら、
救済って、本当は、

「永遠に、切り離されるために生まれたんじゃない。。!
こんな別れ方をする為に生まれたんじゃない。。!」

僕が、肉体から解放された時、
そう言って、泣いている兄さんを見たんだ。

それは、そうだよ。

僕の事を最初から最後まで知っている人が、
僕の事を何もかも見透かせる人が、
どうして、僕がここにいる事に気づかないの?

兄さんが名付けてくれた、
僕の名前は、「永遠」だよ。

さあ、「永遠」に、手を伸ばして。

何日も、何日も、
枯れることなく流れ続ける涙と共に、永遠の名を呼び続けて、
あなたが、
すぐ手に届くところにある永遠に、やっと気づくその時まで、
ずっと、傍にいてあげる。

経験の中に傍観者が居るのなら、
そこに「僕」を見ている「私」が居るのなら、
誰よりも温かい、慈愛に満ちた傍観者であってほしい。
僕も、そう在りたい。

「助けてあげる」と僕に囁いた、あの声のように、
時には、こうして手を差し伸べて。

兄さん。
ここにいるよ。
ずっと、一緒に居るよ。
これからも、ずっと、あなたと共に。

永遠の、幸福を、あなたに。
どうぞ、いつまでも安らかに。

 

 

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