カテゴリー
風の小径 星紡夜話会員記事暫時全体公開 星紡夜話・星渉り

【星紡夜話】星渉り10・「さようなら」6

昨日は、グダグダだった。
ユーリが帰った後、独りでベッドに潜り込んで、泣くのが嫌になるまで泣いていた。
いつの間にか、疲れて眠ってしまって、気が付いたら一日経っていた。
朝起きたら、なんだかとても静かだった。
あんなに泣いてぐちゃぐちゃだったのに、今はとても静かで。
波も風もない、まっすぐな水平線を見つめているみたい。

長い夢から、醒めたのかな。。

窓から差し込む、明るい朝陽に照らされて、メリッサはベッドの上に起き上がり、まだ虚ろな瞳でそんな事を考えていた。

。。夢から醒めたらば、「今」を生きるしかないよね。やっぱ。。。

彼女は気合を入れるように、眠たいまぶたを両手でこすって、視線を降ろすと、服の胸元を掴んで溜息をついた。
「。。あーあ。服着たまま寝ちゃった。着替えよ」

メリッサが自室で目を覚ました頃、朝の陽気に包まれたサロンで、マーシアは部屋の一角をじっと見つめていた。
そして、ひとり微かに頷くと、背後のソファを振り返る。
「ね、ユーリ。ここにピアノ置いてもいい?」
「いいぞ。毎日聴かせてくれ」
ソファでくつろいでいたユリウスが、片手に持ったグラスを挙げて答えた。朝っぱらから、洋酒のボトルを空けようとしているようだ。
昼夜などお構いなしの彼の様子を見て、マーシアは笑顔をこぼしながら、彼のリクエストにはこう答えた。
「。。気が向いたらね?」
ユリウスは意外な顔をする。
マーシアからはぐらかすような反応が帰ってきたのは初めてだった。
「意地悪だな」
違うわ。と、彼女は微笑む。
「私だけ聴かせる側なんて嫌だもの。あなたも一緒に弾いて」
。。そうか。と、ユリウスは笑みをこぼした。
彼女は自分の意志で、自分のやりたい事を始めたのだな。と、彼は胸に暖かいものを感じながら思った。
目の前に立つ彼女が、つい先日までの彼女とは、全く違う人のように、彼には見える。
ユリウスは、半分冗談めかして彼女に答えた。
「エレキギターでいいならな」
「楽しそうね」
嫌な顔一つせず、マーシアは笑った。
彼女の奏でる静かなピアノと、彼の情熱的なエレキではおよそ似合いそうにない。そう思わなくもないが、マーシアはあっさりとそれを受け入れた。
「俺とのセッションは激しいぞ」
「知ってるわ」
念を押すようにユリウスが言った言葉に、マーシアはあっさりと笑顔で答えた。
彼の生きざまを身を持って知っているからこその、笑顔だった。
その笑顔に、彼は感謝の念を禁じ得ない。
彼がここに居られるのは、ひとえに彼女のこの包容力があるからこそ。

今こそ、自分も新しく「始める」時なのかもしれない。
彼女が共に居てくれるのなら、何度でも始められる。
あの時のように。
否、あの時よりも、ずっと軽やかに。

ユリウスは、何十杯目かの酒の杯をテーブルに置いて、ソファから立ち上がった。

数分後、人気のなくなったサロンには、使い古されたような渋みが美しい木目調の縦型ピアノと、深い紅色の光沢が眩しく反射する、真新しいエレキギターが並べて置かれていた。

「メリッサ、お願いがあるの」
珍しく、マーシアの方から訪ねられて、メリッサはぱちぱちと目を瞬かせながら振り向いた。
「あのね。。」
マーシアが耳元で小さく相談を持ちかけると、メリッサは話を聞いて快諾した。
「。。オッケー。じゃあ後で落ち合おう」
何やら打ち合わせが済んだらしく、ダイニングに居た二人は笑顔で一旦別れた。

「あんた、変わったよねー。今までずーっと臆病で、自分から何にもやろうとしなかったのにさ」
数時間後、互いに用事を済ませて落ち合った神殿で、メリッサはあっけらかんとマーシアにそう言った。
「変わったかしら。。」
「変わったよー。頼み事されるなんて初めてだし」
マーシアは、少し照れたように俯きながら呟いた。
「。。私、自分に何が出来るのか、分からなかったの」
「そんなの、やりたい事やればいいじゃん」
「。。うん。自分がやりたい事も、分からなかったの」
メリッサは苦笑を返した。
「確かにそうだ。あたしだって分からなかった」
メリッサは腰から重たそうに袋を取り出すと、長い祭壇の上に置いて、中身を広げた。
「はい。頼まれたもの。こんなんでど~お?」
「。。。綺麗。。」
マーシアは思わず、うっとりとため息をついた。
大きめの袋から取り出されたのは、色とりどりのクリスタル。
大小様々な大きさと形の石を並べて、メリッサは大まかに説明を始めた。
「えーとね。これがキーになる石。で、こっちがスイッチとして使えるやつ。後はまぁ、その時の「気分」でいくらでも組めるんじゃない?」
「パワーあるわね。。」
「もっちろん。特注だもんねー。グリッド組むのにパワーがなかったら全く意味ないし。その辺はあたしの折り紙つきよん」
マーシアはうっとりと、様々な色の輝きを放つ石を眺めて笑みを浮かべている。
そんな彼女の顔を眺めているうちに、メリッサは自分がやりたい事を始めた時の事を思い浮かべていた。
「あたしさー。自分が何をしに「ここ」に来たのか、だんだん分かってきたんだ」
最初は分からなかった。自分の望みとか、やりたい事とか。。全部「昔」の事に囚われて、分からなくなってた。
それでも、少しずつわだかまりや執着から解放されていくうちに、目の前の霧がどんどん薄くなっていった。
「あたしもね、やり直しに来たんだ。もう一回、やり直してみよう、て、やっと思えたから、ここに来たの。やっと思い出した」
メリッサは、自分が作り出したクリスタルの優しい輝きを見つめながら、決意するように言葉を続けた。
「。。だから、アイツとの事は、もういいんだ」
マーシアは、それに返事を返す事が出来なかった。返事をためらう彼女に、メリッサは笑顔を見せる。
昨夜マーシアと言い合いになった時は、作り笑いしかできなかった。でも、今は心から笑える。
メリッサはにっこりと、愛らしい笑顔を浮かべた。
「だって、「今」を楽しまなきゃ。勿体ないでしょ。ね?」
「。。うん」
マーシアは、安堵したように、笑みを返した。
「あんたも、やり直しに来たんでしょ」
「うん」
メリッサは少しだけ苦々しげに呟いた。
「。。。ほんっとにねぇ。。。アイツに関わると、ロクな事ないよね」
マーシアはほんの少し、苦笑を浮かべた。
「。。そうね。。。でも。。」
マーシアは、思いのたけを言葉にしようとして、しかし言葉を呑み込んだ。
彼女には聞かせないで、胸の奥だけで留めておこうと、心の中で小さく囁く。

私はやっぱり、あの人が好き。
ロクでもない経験だと分かっていても、今にして思えば、かけがえのない宝物に思える。
私はあの時、確かに、かけがえのない宝物を見つけた。
絶対に譲れないもの。手放したくないものを。
だから私は、
あの人と、もう一度、一緒にやり直したい。
これからも、ずっと一緒に、何度でもやり直したい。

「。。。あ~あ。。はいはい。言いたい事は分かりますよ~」
マーシアの横顔を呆れたような顔で見ながら、メリッサは見透かすようにそう言った。
「結構な「お熱」ですこと~。熱くてかなわ~ん」
「メリッサ」
少し照れたように顔を赤らめて、マーシアがメリッサを振り返る。
メリッサは手団扇で「熱い」と言わんばかりにマーシアを扇いだ。
「あっはっは。あんたやっぱりお似合いだよ。アイツにそっくりでさ」
メリッサは冗談めかしながら、思わず本音を呟く。
「それくらいでなきゃ、アイツには付いて行けないんだな、やっぱ。。」
また、あの過去の記憶が蘇りそうになる。しかし今度は、彼女はその記憶に留まる事をしなかった。
「あんたなら、きっと大丈夫」
メリッサは、少し切なげな瞳を、マーシアに向けた。
「アイツの事、ずっとよろしくね」
マーシアは、彼女の言葉に、すぐには答えられなかった。
胸の奥からこみ上げる感情を表す言葉を彼女が探している間に、メリッサは自分の思いを吹っ切るように笑った。
「。。。って、あたしが言う事じゃないか」
「。。ううん。ありがとう」
マーシアは静かに答えた。
「ありがとう。。。もう、逃げたりしないから、私。。」
今の気持ちを表す言葉は、やはりそれしか思いつかなかった。

あの人の志に、熱い想いに、胸が焼き切れてしまった過去があった。
一度はその場から、逃げだしてしまった過去があった。
それでも、あの人は、私を突き放したりはしなかった。
今もこうして、私の傍に付いてきてくれる。守護天使として、私の「一部」として。

もう、二度とあの人から逃げたりしない。
ずっと一緒に、ずっと傍に居るから。。

マーシアは、明るい顔をメリッサに向けた。
「。。私も、「今」を楽しむわ。出来る事は何でもやりたいと思うの」
「でしょ~?やっぱ楽しまなくっちゃ」
二人は顔を見合わせて、少し可笑しそうに笑った。

女性二人、神殿ではそんなやり取りを交わした後、引き続きこれから始める「やりたい事」の話題に花を咲かせ続けた。

新しい「今」に思いを馳せるうちに、とっぷりと日が暮れ、充実した時間をすごした二人は家に戻った。
戻るや否や、マーシアが言いだしたのはこんな事だった。
「。。今日は、あなたと寝たい」
マーシアの視線の先に居たのは、ジェレミーだった。
「。。。マーシア。。」
ジェレミーは、水色の瞳をうるうると潤ませながら、思わず彼女を抱きしめた。
「あぁぁ。。久しぶりだなあぁぁこの感じぃぃ。。今夜は離さないからねぇ~っまーしぃぃ」

おい。

「今」を楽しむって、ソレかよ。

。。と、メリッサは彼女の様子を見ながら、心の中で独り毒づいていた。
マーシアとジェレミーが、二人揃ってリビングから出て行くのを、呆れた目で見送りながら、メリッサは背後に立つ青年にわざとらしくこう言った。
「いーのー?あんたの嫁さん浮気してるけどー?」
「小さい次元で考えるな。心を広く持て」
「。。。あんたに言われたくない。そんな事」
ユリウスの返事に少々脱力しながら、メリッサはますます呆れ返る。
「気にするな。今のあいつはマーシアの男性性だ。「同じ魂」だからいいんだよ」

。。。何その理屈。。。

メリッサは全身から気力が抜けて、少しめまいを感じながら、溜息をついた。
確かに「今」は、自分達がマリアの魂の「一部」であるというのは、彼女にも分かっているのだが。
目の前でげんなりしているメリッサに向かって、ユリウスはいつもと変わり映えしない、静かな面持ちで話しかけた。
「お前はどうしたい」
「は?」
「もう一度、俺と付き合ってみるか?」
「あ?」
思わず、まじまじとユリウスを見上げながら、メリッサは怪訝な顔をして言った。
「。。。。まさか。。。『アイツとは別れたから寄り戻そう』とかバカな事言わないよねぇ??」
「そんな事は言わん」
「じゃあどーいうつもりよ。言っとくけど、あたしはあんたの慰み者じゃないですからねー。マーシアみたいには絶対ならない!」
つーん。とそっぽを向いて、メリッサは自分の部屋へスタスタと歩き出した。
その柔らかい後ろ髪に、ユリウスはボソリと呟く。
「。。釣れなくなったな。。前はいい子だったのに。。」
「なんだってぇ?!」
耳に聞き捨てならない言葉が耳について、メリッサはぐるん、と頭を回して振り返る。
ユリウスは彼女の痛い視線を斜めにかわしてこう言った。
「独り言だ。気にするな」
白々しく答えるユリウスをじろりとひと睨みして、メリッサはあっかんベー、と、舌を出して片目を引っ張ってみせる。
「あたしの操は堅いのよーん。エロ男爵なんかに奪われてたまるもんかーい」
「その称号、『絶世の貴公子』に変えてくれないか」
「真顔で冗談言わないでくれる?」
呆れ顔で答えて、メリッサは今度こそリビングから去っていった。
メリッサの細い背中を見送りながら、ユリウスは自嘲交じりのため息をついた。
「。。。今夜はギターでも抱いて寝るか」


なんだ。結局ユリウスの話だったのかw ←え。

一区切りついたので、このお話の「背景」なんぞをちょっと書こうと思ったのですが。。
。。。ジェレミーくんのお話の後にしようかな。一応、続きものなので。←

それより、「過去話」が分かってないと理解できないような描写があるので。。
はよ書けよお前。←
て感じで申し訳ない。。orz

。。ま、いいか。謎は謎のままで楽しい部分もあるし。←

んじゃ、次は例の夢の話、書きます。

コメントを残す