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【星紡夜話】星渉り9・「さようなら」5

ダイニングテーブルで朝食を取っていた男性陣は、サロンのガラス戸が乱暴に開く音で、思わず目を見開いた。
メリッサがそのドアから飛び出し、ダイニングを突っ切って走り去るのを目で追って、廊下の奥で寝室のドアがバタンと音を立てるのを聞き終えると、ユリウスは向かいの席のジェレミーに尋ねる。
「。。お前はどうなんだ?」
「なにが?」
「もう一度俺と統合するってのは」
先ほどの彼女達の会話は、ダイニングの二人にも筒抜けだったらしい。
ジェレミーは、朝食を取る手を休めることなく、あっさりと答えた。
「どっちでもいいよ」
「。。こだわり無いんだな」
「うん」
少し重苦しい雰囲気のユリウスに対して、ジェレミーの心は随分と軽く穏やかに見えた。
マグカップのお茶を手に取り口に運びながら、ジェレミーは淡い水色の瞳に笑みを浮かべる。
「。。。だって、僕は二人とも好きだもの。二人を同時に愛せるんなら、むしろ嬉しい」
ユリウスは、その返答に溜息をついた。
ジェレミーには、ユリウスのため息の理由がどこにあるのか、おおよそ見当が付いている。
昨夜マーシアとあんな事があった後だ。彼にはもう一つ、つけなければならない「ケリ」があるはずだった。
ジェレミーはあくまで穏やかに、向かいに座るユリウスを見つめて言った。
「今の事を考えてみようよ。統合するのと、このままでいるのと、どちらがより合理的なのか」
「。。お前の口から合理的なんて言葉が出るとは思わなかった」
「そう?少なくとも君よりは合理的だよ。余計な情に流されない所とかね」
ユリウスは思わず肩をすくめた。
いつもいつもこの青年は、優しい顔で痛い所に釘を刺す。
「。。参った。降参だ」
端麗な顔に自嘲気味の笑みを浮かべつつ、ユリウスは食べかけの朝食の席から立ち上がった。
「メリッサと話してくる」

「。。だってあんた、こないだサヨナラしたばっかりじゃん!」
自室に突然現れて、何を言い出すかと思えば。。と、メリッサはユリウスを睨みつけていきり立った。
「昔の俺にだろ。サヨナラしたのは」
確かにメリッサは、過去の「彼」に踏ん切りをつけて、「さようなら」をしたはずだった。
高次の彼に、メリッサが「青い欠片」を突き返した、あの時に。
もう、彼の魂とは、関わらない。「ペア」は組まない。そんな風に、メリッサは思っていた。
「今の俺は、あの頃の俺じゃない」
ベッドの端に座るメリッサを見下ろして、ユリウスは静かに語る。
「やり直しをするのは、新しく始めるのはマーシアだけじゃない。お前も、俺もだ」

彼女が手を振ってサヨナラしたのは、「過去の残像」。
昔の彼は、もうここには居ない。
そして今、新しい生を生きるために、彼はここに居る。彼女と同じ立場で。
それを分かってほしかった。

「。。そんなん、無理」
メリッサが、俯きながら呟く。
「あたしそんなに切り替え早くない。。」
「。。俺もだ」
言うや否や、ユリウスはベッドに座るメリッサを、横から抱きしめる。
メリッサはバタバタと抵抗を始めた。
「離してよバカ!抱けば何でも手に入ると思ってんだろ!このクズ!」
「俺は。。。」
暴れるメリッサを抱え込んだまま、ユリウスは微動だにしない。
「。。俺は。。。」
言葉が詰まって出てこなかった。
ユリウスはメリッサの肩に顔をうずめたまま、彼女に伝えるべき言葉を探していた。
しかし彼は、感情を上手い言葉に変える事が出来なかった。
固まったように動かない彼の顔から、微かに涙をすする音を聞き止めて、メリッサはようやく抵抗するのをやめた。
メリッサの耳元で、涙交じりに彼が絞り出せたのは、およそ彼の理想とは程遠い、泣き事のような言葉だった。
「。。。愛してるって言ってるのに。。聞かなかったのはお前じゃないか。。」
こんな言葉しか出てこないのは、心の整理が付いていなかった証拠だろう。
踏ん切りが付いていないのは、彼の方かもしれなかった。
「。。おまえじゃないか。。。メリッサ。。何度呼んだと思ってる。。」

何度呼んでも、お前の心には届かなかった。
俺の声は届かなかった。

「俺の手を離れて、遠くへ行ってしまったのは、お前の方じゃないか。。。メリッサ。。」
メリッサにとっては、予想外の言葉だった。
彼の涙交じりの言葉は、彼女の図星を突いて、思いのほか心を痛めつけていた。
「あーそーだよ!!ぜーんぶあたしが悪いんだよ!!あんたが堕ちたのも、マーシアがあんたの世話をする羽目になったのも、ぜーんぶあたしのせい!!」
メリッサは思わず大声を上げていた。
自分を責める気持ちを一番突かれてしまう、触れられたくない部分でもあった。
涙が出そうになるのを誤魔化すように、彼女はユリウスの腕の中で叫び続けた。
「あたしが耐えられなかったせいだよ!!あんたに付いていけなかったせいだよ!!」
「。。信じなかったからだろ。。。お前が俺を信じなかったからだ」
「そーだよ!!」
「今度は、信じてくれるか」
小さく囁かれたのは、またしても、彼女の予想を裏切る言葉だった。
「信じてくれるか。俺はもう逃げない」

お前を苦しめた事実から、もう逃げはしない。信じてくれ。

今まで腕の中で張り上げられていた大声が、ぴたりと止まった。
「お前を守り切れなかった。。。済まなかった」
彼がそう言い終える前から、メリッサの体は小刻みに震え始めていた。
何かを堪えるように、体を強張らせて、ユリウスの腕の中で固まっている。
メリッサは泣いていた。

『俺はもう逃げない』

それは、彼女がずっと、欲しかった言葉だった。
その言葉を聞いたとたん、もうとっくに手放したはずの感情が、堰を切ったように、彼女の心の奥底から、涙と共に溢れだした。
「。。怒ってなんかいなかったのに。。。なんで行っちゃったの。。。!」
彼女の台詞は、彼の胸を再び揺さぶった。
「ずっと待ってたのに。。。あんたが帰ってくるの、ずっと待ってたのに。。。なんで行っちゃったんだよ!!なんで帰って来なかったんだよ!!」
ボロボロと涙をこぼしながら、ユリウスの赤いシャツを掴んで、彼女はむしろ悔しそうに叫んだ。
「怒ってなんかいないのに!ずっと待ってたのに!なんで!!」
彼女の、魂からの叫びを聞き続け、ユリウスが彼女を抱く腕に、胸を締め付けられるのと同じ強さの力がこもる。
それは、以前にも彼女自身が、彼に訴えたことのある感情だった。

彼に刺されてその生を終えた後、メリッサは、随分と長く転生する事を選ばなかった。
その事を彼は、闇の世界の長い滞在から帰還して、初めて知った。

彼女が闇へ向かうのを止めたのは、あるいは間違いだったのか。
そう思う事もある。
光の側に、彼女の心を留めるのが正しいと信じていた。
だが、それは上辺の理由だったのかもしれない。

彼女が堕ちてしまいそうだと、彼は薄々気付いていながら、彼女を手放せなかった。
否、気付かないふりをしていた。彼女なら、必ずこの「仕事」をやり遂げてくれると信じたかった。

彼女が闇の中での「仕事」に耐えられず、苦しんでいるのを知っていても、すぐに彼女を光側へ帰さなかったのは、
ただ、自分の傍に、彼女を留めておきたかったからなのかもしれない。

自分の胸で泣き続けるメリッサの白金の髪に、彼は当時の艶のある、濡れたような黒髪を重ねて見ていた。
彼女は闇に居る間、ずっと彼にすがりたかったに違いない。
だが、すがらせてやれなかった。
そんな彼女の存在に、彼はずっと支えられてきたというのに。

彼女は確かに、彼の「命綱」だった。マーシアと同じように。

ならばもう、手放さなければ。
お前がそうしたように。マーシアの時と同じように。

ユリウスは、それでもこの言葉を絞り出すのに、気が遠くなるほどの勇気を絞り出さなければならなかった。
彼は幼子を抱きしめるように、彼女の髪に顔をうずめ、かすれるような小さな声を絞り出した。
「。。ありがとう、メリッサ」
とめどなく流れる涙を止められないまま、しゃくりあげるメリッサの耳に、彼の小さな、震える声が届いた。

「。。。さようなら」


つまりこれはアレですか。
「親離れ」「子離れ」の話ですか。←

メリッサのユリウスへの想いってさ、実は「父親」への憧れから始まってんのね。。
って、あんまり話すと過去話が面白くなくなるからやめとこ。(笑)

あと1回で、この「さようなら」シリーズはラストです。

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