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【星紡夜話】星渉り4・宴の夜

「まぁ。。」
完成した「サロン」に一歩入るなり、マーシアは感嘆の声を上げた。
艶のある、落ち着いた渋色の床板が一面に広がる。家具はその床色に見合う、落ち着いたアンティーク調で統一されていた。海の色を思わせる、使い古された感のあるブルーが美しい布張りソファセットがフロアの中心に置かれ、傍には背の高さほどある、シンプルだが古風な趣のフロアランプが立っている。サロンの隅や要所にお揃いの灯りが置かれ、そして入口を入って左手の壁際に、ユリウスお気に入りの木製バーカウンターが設置されていた。
メリッサ特製のクリスタルガラスを通して差し込む夕日が、シックな内装に金色を添えて華やぐ。
「とてもテラスだったとは思えないね」
「いい出来栄えだろう?」
マーシアの後ろから完成具合を覗きにやってきたジェレミーの感想に、ユリウスは満足げな笑顔を浮かべる。
クリスタルの壁から見える夕日をうっとりと眺めていたマーシアは、この夕日が沈んだ後に見えるだろう景色を思い浮かべて呟いた。
「星が綺麗に見えるわ。きっと」
「うん。ここは夜景が綺麗に見えるよね~」
メリッサも、一緒にガラスの向こうを見上げて笑顔になった。
その口元が、不意にニヤリとひん曲がる。
「。。。。んふふふふ。そうと決まれば、早速完成パーティーしよー!」
「なにが『そうと決まれば』だ」
ユリウスは呆れた目でメリッサを見やる。
「だって完成したらやるに決まってるじゃ~ん。やるでしょ??」
同意を求めるように、メリッサがジェレミーを振り返る。
ジェレミーはメリッサに、いつものように優しい笑顔を返した。
「そうだね。何か美味しいもの作ろうか」
「やったーい!」
メリッサは両手を挙げて喜び、そしてくるりと、ユリウスを振り返った。
「バーテンは当然、ユーリだよね~♪」
「。。。ちょっと待て。俺に接客させるつもりか」
「あんたの『城』なんだから、当然ホストはあんたでしょ」
ゆっくり座って酒を飲むつもりだったらしいユリウスは、メリッサの半ば強引な提案に溜息をついた。
「楽しみね」
メリッサが浮かれている横で、マーシアも嬉しそうに微笑む。

。。。あの笑顔には弱いな。

彼女を笑顔にするのは難しい。と、普段から痛感している彼は、マーシアのはにかむような笑顔を見て、重い腰を上げることにしたらしい。
そんなユリウスを、メリッサが横目でニヤリと笑った。
「っふっふっふ。ユーリがあたしの思うツボ~♪」
「お前に負けたんじゃないっ」
ユリウスは思わず、反射的にメリッサを怒鳴っていた。

金色の光でサロンを染めていた夕日が完全に姿を消し、とっぷりと日が暮れた頃、暗がりの中で光る無数の星が瞬く下で、サロン完成祝いの宴が催された。
古美な木目のサロンを灯すのは、僅かに設置された暖かい色の照明と、漆黒の空から今にも降り注ぎそうな、無数の煌めく星明りのみ。
そのしっとりとした雰囲気に、似合わない客が一人。ソファ席で天井を突き破るような笑い声をまき散らしていた。
「酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ~~ッと♪」
メリッサの大きな鼻歌を聞き咎めて、バーカウンターに立つユリウスが眉を跳ね上げた。
「女子高生が酒飲んでもいいのか?」
「あたしのどこがジョシコーセーだーっ!」
「見たままを言っただけだ」
「うるせー万年スケコマシーっ!酒持ってこーい!」
氷の入ったグラスを振り回しながら、カウンターに向かってメリッサが叫ぶ。
既に一杯目で酔いが回っている「女子高生」に、何を言っても無駄らしい。
ユリウスは溜息をつきながら、シェイカーに酒を注ぎ込んだ。
いつもの紅いワイシャツに、黒いベストを羽織って腰にエプロンを巻きつけている姿は、一端のバーテンダーのようである。
彼が女性陣に出す酒を作っている間に、サロンのガラス戸が開いて、ダイニングキッチンからジェレミーが顔を出した。
両手に出来たての湯気を立てている料理の皿を抱えている。
「おつまみ出来たよ。フルーツもっといる?」
「ちょーだーい!」
こっちこっち、と促すようにメリッサが手を振った。
ジェレミーは皿をテーブルに並べると、追加の皿を用意するのに再びキッチンへと戻っていく。
出来たての揚げ物や、新鮮な刺身が盛られた皿を見渡して、メリッサはご満悦な声をあげた。
「いいねぇ~。ここに座ってたら、男連中がみ~んな用意してくれるし~。もうご飯作らなくていいかも~♪」
「お前は普段から飯なんか作らないだろ」
「そんな細かい事気にしないの~♪」
カウンターから飛んできたツッコミをものともせずに、メリッサはジェレミーお手製のフリッターを口に放り込んだ。
酔っ払いの戯言にはそれ以上答えず、ユリウスは完成したカクテルをグラスに注いで、オレンジの果実を一切れ乗せると、そのグラスをソファへと運ぶ。
メリッサの向かいのソファに座っているマーシアが、ユリウスからそのグラスを受け取って、うっとりと眺めた。
「綺麗。。」
「今日の夕日の色が綺麗だったからな」
グラスの中で、オレンジとイエローのグラデーションが美しく重なる。二つの色の境目が交わり、金色の光を宿しているように見えた。
少し勿体なさそうに、マーシアはグラスの端に口をつけて、夕日色のカクテルを一口味わう。その酒とは思えない優しい味に、彼女は再び溜息をついた。
「。。美味しい。。」
「お前は甘めがいいだろ」
「うん」
自分の口に合うように作ってくれた事が嬉しくて、マーシアはソファからユリウスを見上げて笑った。その笑顔を、嬉しそうにユリウスも見つめる。
二人の顔を、向かいのソファから交互に見ていたメリッサが、ちょっと拗ねたような目線をマーシアに向けつつボソリと呟いた。
「あたしも甘めがいーなー」
「お前は焼酎にしとけ」
「焼酎ってなんだよっ!!」
「オッサン臭くてお前にぴったりじゃないか」
にやりと笑うユリウスの顔を睨みながら、メリッサは地団太を踏み始めた。
「きぃ~っ!ジョシコーセーだのオッサンだの好き勝手言ってくれちゃって許せなーいっ!!」
「はい。サロン作りの功労者に特別スイーツ」
横から突然ジェレミーの声が割って入って、メリッサの目の前に、大きなデザートの皿が差し出された。
白い皿の上に、ストロベリーソースが挟まれたクレープが3つ。その上に色とりどりの丸いアイスクリームが幾重にも重なり、生クリームとフルーツソースでデコレーションされ、仕上げに大量のフルーツを飾り付けられた、「皿に盛られた巨大パフェ」のようなスイーツを見つめて、思わずうるうると、メリッサの瞳が涙で潤んだ。
「うひゃあ~んっ。。だからジェレミー大好き~っ!」
皿を差し出すジェレミーに、横から思いっきり抱きつく。皿を持ったままバランスを崩しそうになりながら、ジェレミーはメリッサを見下ろして苦笑した。
その感動の光景に水を差すように、ユリウスの声がメリッサの耳を突き刺す。
「ジェレミー、あんまり甘やかすな。つけ上がるから」
ジェレミーの腰に抱きついたまま、メリッサはくるりとユリウスを振り返って大声を上げた。
「あんたに言われたくなーいっ!!」

「はぁ~もう飲めない。。お腹いっぱ~ぃ。。」
長ソファの上にだらりと横になって、メリッサが力なく呟いた。
テーブルの上には大量の空き瓶とグラス、食い散らかされた皿の山が、置き場所がなくなり床の上にも散乱している。
隣に座っていたジェレミーが、ちょっと可笑しそうに笑っていった。
「飲み過ぎだよ、メリッサ」
「ほぁ~い。。なにぃ~?もうおやすみなさ~い。。」
しょうがないな、と苦笑のため息をついて、ジェレミーがソファで伸びるメリッサを抱き上げた。
「先に休んでくるよ。お疲れ様」
メリッサを抱え、カウンターのユリウスに一声かけて歩き出す。
「ああ」
「おやすみなさい」
マーシアの挨拶にも笑顔を向けて、ジェレミーはサロンを後にした。

メリッサがいなくなると、サロンは夜の静けさを取り戻す。
しかし、マーシアと二人きりになった途端に、ユリウスの表情から笑顔が消えた。
彼の雰囲気が、何故か無愛想になったのを感じて、ソファに座るマーシアは僅かに緊張する。
カクテルを作っている合間に、自分でも飲んでいたらしい。一仕事終えた彼は、酒の入ったグラスを持って、先ほどまでメリッサが寝そべっていたソファセットへと向かう。微かなアルコールの余韻に浸りながら、テーブルに置場のない酒のグラスをソファのすぐ下に置き、立ちっぱなしだった長身を長ソファに投げ出して、ユリウスはため息をついた。
「。。。ごめんね、疲れたでしょう?」
マーシアが気づかうように話しかけたが、彼は仰向けに寝転んだまま、クリスタルの天井越しにじっと星空を見つめ続けるだけで、何も答えなかった。
マーシアの存在を無視するかのような雰囲気に、彼女は戸惑った。
向かいのソファからユリウスを見つめるマーシアの目が、少し悲しげに揺れた。手に持ったグラスにそれが映っているのを見て、彼女は思い直すように星を見上げた。今はそっと、静かにこの景色を見ておこうと。
深い闇の中で瞬く、満点の光る星々。こちらへ向かって今にも降ってきそうな光の明滅を眺め、互いの思いを推し量るように、自分の思いを振り返るように、二人は沈黙を続けた。

しばしの静寂を破ったのは、ユリウスの方だった。
星空を見上げるマーシアの耳に、ユリウスの小さな低い声が響く。
「。。俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ」
驚いて、マーシアは視線を声の方に移すと、ユリウスは先ほどと相も変わらず、じっと天井を見上げたまま、ソファの上で身じろぎもしなかった。

その言葉の意味を、マーシアは理解できずに戸惑った。
戸惑いながらも、何とはなしに、自分に非がある事は分かっていた。
胸から湧きおこる、理由の知れない不安と悲しみを堪えながら、マーシアは揺れる青い瞳で、ユリウスの横顔を見つめた。


いつぞやの名セリフ炸裂。(笑)>ユリウス
いや、バーテンさせられてたから怒ってたわけではないです。(笑)
この辺りから、上が急に動き出したんだよね。
次回から、やっとこさB102を塗ってる間の「例の話」です。
ガラッと空気が変わると思います。あい。

てか。。ひょっとして私。。。書き込み過ぎてる??←
いや、だいぶ調子戻ってきた。うむ。(笑)

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