カテゴリー
風の小径 星紡夜話会員記事暫時全体公開 星紡夜話・みなもの光

【星紡夜話】みなもの光34・約束

「ねえ、情報が来たよ!」
クリロズの個室にある端末を覗きこんで、メイシンはユリウスを手招きした。
彼らの新居となる「箱庭」の情報が、三次元の本体を通してやってきた。
机に座っているメイシンの後ろから、ユリウスが端末を覗きこむ。

人工的に作られたかのような、丸い逆円錐形の浮島が、端末の立体映像の中に浮かんでいた。
「こじんまりだな」
「かわいいじゃん」
メイシンは頬杖をついて笑う。
「箱庭」にある建築物はひとつだけ。
鬱蒼と茂る森林の中に、小規模の研究施設が一箇所、ぽつんと建っているだけだった。
「研究所ってさ、大抵殺風景なんだよね」
退廃的な「研究」ではなく、建設的な「居住空間」として使うため、住む前に多少の改装をしなければならない。ユリウスは口元を吊り上げて笑みを浮かべた。
「どんなのがいい?」
「ふふふ…イメージはもうあるんだ」
メイシンはにんまりと笑う。
「白くて四角い、角砂糖みたいな家」
現状と変わり映えしないイメージに、青年は冷めた目をする。
「……そのまんまだな」
「違うよ! ドアは青なの! そんでプールを作るの。建物の裏に。湖みたいに広いやつ!」
「ああ、エーゲ海か」
合点がいったように、ユリウスが呟く。
「そういえば昔、あそこにいたな」
「でしょ~? 綺麗だったよね、あの海」
端末の映像に浮かぶ浮島に、二人はかつて過ごした時代の、青と白のコントラストを重ねて見ていた。
小さな箱庭に広がる、新天地を思いながら、ユリウスが呟く。
「俺達、幸せになろうな」
「うん」
メイシンは、端末を見つめたまま、穏やかに微笑む。
「ユーリが追いかけてくれて良かった。あんたに会えなかったら、あたしまた一人ぼっちになるところだった」
「俺もお前を追いかけてよかった」
先ほどまでと違う雰囲気を声に感じて、メイシンは青年を振り返った。
「ユーリの時にも、佐守の時にも、出来なかったことを、今からするよ」
パライバトルマリンの碧い瞳が、真っ直ぐに琥珀の瞳を見つめて言う。
「お前を幸せにしてやる」
琥珀の瞳は一瞬大きく見開いて、その後じわりと波打った。
嬉しさと恥ずかしさで、涙を零さぬように、と思いながら、メイシンは頷く。
「……うん」
だが返事をした直後、青年に後ろから抱きしめられて、メイシンの努力は水の泡となった。
温かい腕の中で、あたたかい涙が流れる。
ハートチャクラから流れてくるぬくもりを、確かに感じて、彼女は更に涙を止められなくなった。

このあたたかい循環を、永遠に共にすると、ここに誓う。

メイシンとユリウスが「箱庭」へと旅立つ日。

マーシアとジェレミーが、クリロズの個室まで見送りに来ていた。
カスタリアに置いていた私物を袋に入れて、マーシアはメイシンに手渡す。
「これ、メイシンの荷物ね。忘れ物はないと思うけど……」
「ありがと」
世話になった部屋を整え、出立の支度が終わると、マーシアは改めて、二人の前に立った。
「ね、ちょっと手を出して」
ユリウスとメイシンに促すと、少女はメイシンの手のひらを、ユリウスのそれに重ねて置いた。
重ねられた手のひらの上に、マーシアは小さな餞別を乗せる。
手のひらの上で、小さく、石の欠片のように光るそれを、二人は不思議そうに見つめていた。

世界樹の種。

カスタリアの泉の傍で茂る、世界樹に繋がる樹木から、分けてもらった「種」だった。
「お庭に植えてね。二人で大事に育ててね」
これがあれば、ずっと繋がっていられる。
それはマーシアの、共にありたいという願いをこめた、ささやかな贈り物だった。
メイシンは大事そうに、明るく光る種を握り締め、
その上から、ユリウスは彼女の手を握り包んだ。

「落ち着いたら、遊びに来てよ」
「うん」
メイシンは、マーシアの小柄な身体を抱きしめた。
マーシアは、背の高いメイシンの背中を抱き返す。
「ありがとう、メイシン」
「あたしこそ、ありがとう」
メイシンの腕の中の少女に、ユリウスも笑みを向けた。
「助けが必要なときは、いつでも言ってくれ」
「すぐに飛んでくからね」
メイシンが相槌を打つ。
マーシアは、メイシンの腕から離れると、笑顔でこくりと頷いた。

ユリウスは、ジェレミーに向き直ると、彼の前に右手を差し出した。
握手を求めるその手を、じっと凝視したまま、ジェレミーは固まったように動かない。
真っ直ぐに見つめてくる碧い瞳を、ためらうように一瞬だけ見やって、ジェレミーはやっと右手を上げた。
と、握手しようと手を伸ばした瞬間、ジェレミーは背中を不意に突き飛ばされた。
握手の手をすり抜けて、ユリウスの胸に突っ込んでいく。
彼はそのまま、ユリウスに抱きとめられて、しっかりと捕まえられてしまった。
ジェレミーを後ろから突き飛ばしたのは、マーシアだった。
少女の機転に感謝しながら、ユリウスは自分の魂の片割れに呟く。
「済まなかった」
「君の助けなんか要らない」
腕から抜け出そうと、ユリウスの肩を掴んで押しながら、ジェレミーは悔しげに呟く。
それでも、ユリウスは彼を放そうとはしなかった。
「お前は、俺を救ってくれた。 この恩義は、この魂が朽ちるまで返し続ける」
罪悪感と喪失感で欠けた魂を、そのまま放っておけば、やがてユリウスは朽ち果て、マーシアは自然と解放されただろう。
だがジェレミーは、そうはしなかった。
「たとえ、嫌がられても」
どんなに辛い仕打ちを受けようとも、彼を恨めない理由。

「俺の命を拾ってくれて、ありがとう」

ジェレミーの白い肩に顔を埋め、小さい声だがしっかりと、ユリウスはそう言った。
熱くなる目頭を、白い青年の肩に押さえ込んで。
融合された魂の、最も近い存在から、涙と感謝の感情が押し寄せてくる。
観念したように、アクアマリンの瞳からも、涙が溢れ始めた。
「君は……どこまでずるいんだよ……」

男二人が抱き合って泣いているのを、彼女達は少しだけ苦笑しながら、そっと見守り続けた。

館の玄関を出ると、眩しいほどの日差しと、その光を受けて輝く、クリスタル色の薔薇が彼らを出迎える。
きらきらと眩しい虹色を花弁に湛えながら、その花は四人を包み込んで輝いていた。
ユリウスが、瞳に微笑を閃かせて、見送りの青年に言う。
「彼女を離すなよ」
「うん」
「離したら、またもらいに来るからな」
「無理だね。絶対離さないから」
今度はアクアマリンの瞳が、ニヤリと笑った。

青年達の様子を見ていたメイシンとマーシアが、顔を見合わせて苦笑する。

過去の禍難と悲哀は全て流れ去る。
お互いに切れない絆だけを残して。

そして四人は、それぞれの、在るべき場所へと旅立つ。


コメントを残す