カテゴリー
風の小径 星紡夜話会員記事暫時全体公開 星紡夜話・みなもの光

【星紡夜話】みなもの光33・信頼

抱きしめてあげたい
思いっきり
甘えさせてあげたい
私の愛で満たしてあげたい

   早く抱きしめたい
早くあなたに触れたい

   ただそれだけを
あなたの傍で
ずっと待ち焦がれてる

ユリウスが入ったポッドにもたれかかり、メイシンはポッドの中のツインを眺めるようにして眠っていた。
彼が回復槽に入ってから、数日が経つ。
先にポッドから出ていたメイシンは、ずっと彼の傍に付き添ったまま、傍から離れようとしなかった。

その日、最初に目覚めたのは、ユリウス。
ポッドの中で、青年が目を開けると、ガラス越しにメイシンの眠る顔が見える。
彼はゆっくりと手を伸ばし、ガラス越しに、彼女の頬を撫でる。
撫でた手の中で、メイシンが琥珀色の瞳を開けた。
目覚めて最初に映りこんだのは、ユリウスのパライバ色の瞳。
じっと、碧い瞳を見つめている途中、水滴がガラスの上に落ちて伝った。
琥珀の瞳から落ちた涙が、彼の顔を滲ませる。
そしてまた、ガラス越しの涙を、ポッドの中のユリウスが拭うようになぞった。

静かで、胸に染み入るような、優しい時間。

退院後、二人はクリロズの個室に戻って、再び静養生活に入った。
メイシンとユリウスが、クリロズに腰を落ち着けた翌日。
二人の個室に、見舞いの客がやって来た。

大きな花束を抱えた、白い羽根を持つ少女。
「お礼を言いたくて……」
カスタリアで丹精こめて育てた、色とりどりの薔薇の花束を差し出して、マーシアは儚く微笑む。
ベッドの上に身を起こして、ユリウスは首を振った。
「礼を言わなきゃならないのは俺のほうだ。ありがとう。君のおかげで、俺は今まで生きてこられた」
メイシンは金髪の少女から花束を受け取って、琥珀の目に涙を滲ませた。

マーシアの後ろで、ずっと少女の両肩を掴んでいるジェレミーは、沈んだ顔のまま、少女の波打つ金髪を見つめている。
そんな彼に視線を向けて、ユリウスは謝る。
「……済まなかった」
パライバの青年の謝罪にも、ジェレミーは答えず、無言のまま立ち尽くしていた。

カスタリアに帰ってから、ジェレミーは押さえ込んでいた感情をぶつけるように言った。
「あいつに花なんか持って行かなくていい!」
声に驚いて、マーシアがびくりとする。
普段は穏やかで、怒鳴り声ひとつあげたことのない彼が、少女の前で声を荒げていた。
その怒気で、すっかり怯えてしまった少女の姿を目の当たりにして、ジェレミーは少し後悔するようにうなだれる。

辛かったんだ。
辛かったんだよ。
あいつに繋がってる君を見ているのが。

彼の胸から直接響く苦しげな感情が、マーシアの青い瞳に涙を浮かばせた。
口に出せば、怒りの感情を通して荒々しくなる。
だから彼は、少女を抱きしめる他に、伝える手段を思いつかなかった。

もうどこにも行かせない。
誰にもやらない。

青年の胸の中で、マーシアはうずくまった。
誰かを救うために、自分を守るために、誰かの心を踏みにじってきたのだ。
少女は震える声で、涙と嗚咽の合間に、やっと謝罪の言葉を口にすることができた。
「……ごめんなさい……」
か細い声に反応するかのように、青年の腕に、更に力がこもった。

胸に押し寄せる孤独。
放り出されてしまったような感覚が、メイシンの胸を襲っていた。

愛する人が帰ってきた。
いま完全に満たされているはずの心に、わきあがる寂しさは何だろう。

「大丈夫か?」
「え?」
ベッドから声をかけられて、メイシンは反射的に顔をあげた。
ジェレミーの激しい感情を、魂の片割れであるユリウスも感知していたのだろう。
ユリウスとメイシンを切り離すような思いが、カスタリアから遠く離れていても、彼には感知できた。
「……うん…別になんともないよ」
自分のほうが辛いだろうに。
ナイトテーブルに飾られた、薔薇の花束を見つめながら、メイシンは彼の心うちを思う。

あの二人にとって、自分達とは何だったのだろう。
この世界で初めて出会った頃は、自分でも気付かないような負債を抱えて、ただ必死に、自分の求める場所を探し続けた。
それぞれがあるべき場所へ、望んだ場所へと辿り着いたはずなのに。
二人でいられて幸せなはずなのに、この悲しみは何なのだろう。

また四人で、楽しく暮らせる日が帰ってくるのだと思っていた。

そう考えていた自分は、単純な呑気者なのだろうか。
今のジェレミーたちにとって、自分たちは邪魔者なのだ。
メイシンには、そう思えてならない。

「あそこには、もう戻れないな」
ユリウスの気持ちも、彼女と同じようだった。
ベッドに横たわる彼の傍にひざまづいて、金髪の頭に顔を寄せると、メイシンは笑顔を閃かせた。
「どこに行きたい?」
「そうだな……」
行くあてなどなかった。
このクリロズにあてがわれた個室に、ずっといることもできるのかもしれない。
だが、いずれ永住できる場所が必要になるだろう。
彼らにとってはまた、自分達の「居場所」を捜し求めて彷徨う日々が始まったのかもしれない。
「あたし、どこでも行くよ」
ベッドに頬杖をついて、メイシンはにっこりと笑顔を見せた。
それがどんな作り笑いでも、ユリウスにはあたたかい太陽の光に見える。
「……ありがとう」
彼女の微笑を、彼は指先で愛おしく撫でた。

数日後、三次元の本体経由で、廃棄されている浮島を譲ってもらえることになった。
かつて「箱庭」と呼ばれていた研究施設の跡地である。
以前、彼女達も参加した「破壊工作」で、この施設へのエネルギー供給源を壊滅したために、今は放置されて使われなくなったものが、無数にあるらしい。
多少手を入れれば、住むには充分なものになるだろう。

「ちょっと複雑かも」
メイシンはその知らせを聞いて苦笑した。
彼女もユリウスも、かつて同じ研究施設で共に過ごした過去がある。
その時の苦い思い出が脳裏を過ぎるのだが、今度はその施設を住居にする事になるとは、夢にも思っていなかった。
だが、距離を置いて暮らすほうが、きっとうまくいくだろう。

実際に浮島を譲られるのは、もう少し先になりそうだ。
ユリウスの体力が回復し、準備が整うまで、二人はクリロズでゆっくりと過ごすことになった。

カスタリアに残った二人も、今は落ち着き、マーシアが再び同じことはしないと謝ったことで、ジェレミーの怒りの感情は収まったようだ。
魂の片割れであるユリウスや、メイシンにもそれが伝わり、二人の心にも安堵と落ち着きが帰ってきた。

またいつか、四人で楽しく過ごすひと時が来れば、と思う。


なんだかんだ言っても、融合された魂同士だからね。
イヤでも腐れ縁なわけですよ(笑)
仲良くしなきゃ損だよね。

さて。。。。
次回に向けてラストスパートぉ~☆

コメントを残す