カスタリアにいるマーシアの元に、メイシンから短い心話が届いた。
「今から、手術するんですって」
少女は青年にそう告げたが、彼のアクアマリンの瞳は無表情で、彼女の言葉を聞いていた。
「……そう」
ただ、それだけしか答えない。
何もなかったように振舞う青年に、マーシアはもう一度、懇願するように言った。
「祈ってあげて」
マーシアの優しい声に、ジェレミーは少し顔を曇らせながら、小さく呟く。
「……君が、そう言うなら」
「立ち会うか?」
「うん」
ミカエルに促され、メイシンは手術室へ入った。
ヒーリングポッドから出されたばかりのユリウスが、手術台に運ばれてくる。
手術台に横たわり、碧い瞳で見上げる彼の手を、メイシンは固く握った。
メイシンが手術台から離れると、手術台を白衣のスタッフが取り囲んだ。
麻酔を施され、青年が目を瞑った後、ラファエルが執刀を開始する。
メイシンは少し離れた所から、ミカエルと共に手術の様子を伺っていた。
切なく、身につまされるような思いが、彼女を責める。
早く無事に終わって欲しい。
こうなったのは、自分のせいではないか。
自分が手術を受けたとき、彼もこんな思いで見ていたのだろうか。
後悔の涙が溢れる。
懺悔の涙が頬を伝う。
ごめんなさい、ユーリ。
ごめんなさい。
無限のループを描いて、体を一巡し、ハートチャクラを伝ってツインコードに流れ込む。
そしてまた帰ってくる。
体を一巡せず、「外」へ放出する作りだった回路を、環状に流れるよう繋ぎ直していく。
ちゃんと繋がるだろうか。
ちゃんと流れてくるだろうか。
ユリウスの愛が、エネルギーが流れてくるのを、メイシンはひたすら待っていた。
不安に苛まれながら。
ただ待っているだけの彼女には、長い長い時間に感じられた。
祈るように胸を押さえながら、手術台を見つめ続ける。
やがて彼女は、その胸に、小さな熱が燈るのを感じた。
胸に、灯火が浮かぶよう。
あたたかい、蝋燭の小さな火のような。
やがてその熱は、背中をも温かく包み込んでいく。
「……終わりましたよ」
ラファエルの声で、我に返ったメイシンは顔を跳ね上げた。
執刀を終えた大天使は、他のスタッフに彼を任せてメイシンに歩み寄る。
「エネルギーの総量が落ちているので、流れる量はまだ少ないですが、ちゃんと循環してますよ。もう大丈夫です」
ラファエルの言葉を聞いた途端、メイシンは安堵したのか、ぺたんと床に座り込んだ。
顔を覆ってすすり泣く彼女を見下ろして、二人の大天使は密かに苦笑していた。
「変わりましたね」
ラファエルの声を疑問に思い、涙を拭いながらメイシンは顔を上げる。
「瞳の色ですよ」
大天使が手のひらから出した小さな鏡を覗いて、メイシンは目を丸くした。
琥珀色。
昔見慣れた、黄金に輝く瞳が、小さな手鏡の中で涙に濡れて光っていた。
「……あれ? おかしいな……なんで?」
「それが本来の、あなたなんですよ」
ラファエルの答えに確信を求めるように、メイシンは金髪の大天使を仰ぎ見る。
ミカエルは、琥珀の瞳を見下ろして、ニヤリと笑った。
……マーシアの色だったんだ。あの青は。
ユリウスが、もう二度とマーシアと繋がることのない身体となった、それに反応するかのように、メイシンの瞳の色も変化していたのだった。
もう、必要ないんだ。
私だけを見てくれるんだ。
私自身で、居ていいんだね。
そうなんだね?
嘘偽りのない、自分自身の魂の色を鏡越しに見つめる。
その琥珀色の瞳に、再び涙が溜まっていった。
ユリウスはエネルギーが回復するまで、再びヒーリングポッドで休む事となった。
回復槽まで運ばれ、青年の身体が横たえられるのを見て、メイシンは駆け寄る。
ポッドの中の青年は、まだ麻酔が切れない状態のまま、静かに息をしていた。
その額に、そっと口づけて、メイシンは蓋を閉める。
「お前も入るか?」
ミカエルがメイシンに、エネルギー回復を促す。
「どうしようかなぁ…」
普段なら「必要ない」とすぐさま拒むところだが。
上目遣いで考えつつ、ちらりと金髪の大天使を盗み見てから、
「しょうがない。入っとくわ」
「素直じゃないか」
「あたしはいつも自分に正直なの」
ふふーん。と、メイシンは大天使の皮肉を鼻で笑い飛ばす。
その正直な性質が、これまで「彼女」を何度も救ってくれましたよ。
彼の「娘」と魂を分ける彼女を見ながら、ラファエルが祈る。
…ありがとう。
2009年10月26日 旧暦重陽に寄せて。
何故か今年の重陽って、「闇から抜ける」ってテーマがあっちこっちに絡んでるのね。(笑)
周りの人みんなそうなんだもの。面白いなぁ。
今年は九星の始まりの年でもあるから、特別なんでしょうね。
なんでユリウスの手術に、ラファエルが直接執刀でミカエルまで立ち会ってるのか。
理由はあるんでしょうが、ちゃんと聞いてませんので、書きませんけど。(爆)
これでやっと、ひと区切りがつきました~
さ~次いこ。(笑)
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