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【星紡夜話】みなもの光32・回光の灯火

カスタリアにいるマーシアの元に、メイシンから短い心話が届いた。
「今から、手術するんですって」
少女は青年にそう告げたが、彼のアクアマリンの瞳は無表情で、彼女の言葉を聞いていた。
「……そう」
ただ、それだけしか答えない。
何もなかったように振舞う青年に、マーシアはもう一度、懇願するように言った。
「祈ってあげて」
マーシアの優しい声に、ジェレミーは少し顔を曇らせながら、小さく呟く。
「……君が、そう言うなら」

「立ち会うか?」
「うん」
ミカエルに促され、メイシンは手術室へ入った。
ヒーリングポッドから出されたばかりのユリウスが、手術台に運ばれてくる。
手術台に横たわり、碧い瞳で見上げる彼の手を、メイシンは固く握った。

メイシンが手術台から離れると、手術台を白衣のスタッフが取り囲んだ。
麻酔を施され、青年が目を瞑った後、ラファエルが執刀を開始する。
メイシンは少し離れた所から、ミカエルと共に手術の様子を伺っていた。

切なく、身につまされるような思いが、彼女を責める。
早く無事に終わって欲しい。
こうなったのは、自分のせいではないか。
自分が手術を受けたとき、彼もこんな思いで見ていたのだろうか。

後悔の涙が溢れる。
懺悔の涙が頬を伝う。

ごめんなさい、ユーリ。
ごめんなさい。

無限のループを描いて、体を一巡し、ハートチャクラを伝ってツインコードに流れ込む。
そしてまた帰ってくる。
体を一巡せず、「外」へ放出する作りだった回路を、環状に流れるよう繋ぎ直していく。

ちゃんと繋がるだろうか。
ちゃんと流れてくるだろうか。
ユリウスの愛が、エネルギーが流れてくるのを、メイシンはひたすら待っていた。
不安に苛まれながら。

ただ待っているだけの彼女には、長い長い時間に感じられた。
祈るように胸を押さえながら、手術台を見つめ続ける。

やがて彼女は、その胸に、小さな熱が燈るのを感じた。

胸に、灯火が浮かぶよう。
あたたかい、蝋燭の小さな火のような。
やがてその熱は、背中をも温かく包み込んでいく。

「……終わりましたよ」
ラファエルの声で、我に返ったメイシンは顔を跳ね上げた。
執刀を終えた大天使は、他のスタッフに彼を任せてメイシンに歩み寄る。
「エネルギーの総量が落ちているので、流れる量はまだ少ないですが、ちゃんと循環してますよ。もう大丈夫です」
ラファエルの言葉を聞いた途端、メイシンは安堵したのか、ぺたんと床に座り込んだ。
顔を覆ってすすり泣く彼女を見下ろして、二人の大天使は密かに苦笑していた。
「変わりましたね」
ラファエルの声を疑問に思い、涙を拭いながらメイシンは顔を上げる。
「瞳の色ですよ」
大天使が手のひらから出した小さな鏡を覗いて、メイシンは目を丸くした。

琥珀色。

昔見慣れた、黄金に輝く瞳が、小さな手鏡の中で涙に濡れて光っていた。
「……あれ? おかしいな……なんで?」
「それが本来の、あなたなんですよ」
ラファエルの答えに確信を求めるように、メイシンは金髪の大天使を仰ぎ見る。
ミカエルは、琥珀の瞳を見下ろして、ニヤリと笑った。

……マーシアの色だったんだ。あの青は。

ユリウスが、もう二度とマーシアと繋がることのない身体となった、それに反応するかのように、メイシンの瞳の色も変化していたのだった。

もう、必要ないんだ。
私だけを見てくれるんだ。
私自身で、居ていいんだね。
そうなんだね?

嘘偽りのない、自分自身の魂の色を鏡越しに見つめる。
その琥珀色の瞳に、再び涙が溜まっていった。

ユリウスはエネルギーが回復するまで、再びヒーリングポッドで休む事となった。
回復槽まで運ばれ、青年の身体が横たえられるのを見て、メイシンは駆け寄る。
ポッドの中の青年は、まだ麻酔が切れない状態のまま、静かに息をしていた。
その額に、そっと口づけて、メイシンは蓋を閉める。
「お前も入るか?」
ミカエルがメイシンに、エネルギー回復を促す。
「どうしようかなぁ…」
普段なら「必要ない」とすぐさま拒むところだが。
上目遣いで考えつつ、ちらりと金髪の大天使を盗み見てから、
「しょうがない。入っとくわ」
「素直じゃないか」
「あたしはいつも自分に正直なの」
ふふーん。と、メイシンは大天使の皮肉を鼻で笑い飛ばす。

その正直な性質が、これまで「彼女」を何度も救ってくれましたよ。

彼の「娘」と魂を分ける彼女を見ながら、ラファエルが祈る。

…ありがとう。


2009年10月26日 旧暦重陽に寄せて。

何故か今年の重陽って、「闇から抜ける」ってテーマがあっちこっちに絡んでるのね。(笑)
周りの人みんなそうなんだもの。面白いなぁ。
今年は九星の始まりの年でもあるから、特別なんでしょうね。

なんでユリウスの手術に、ラファエルが直接執刀でミカエルまで立ち会ってるのか。
理由はあるんでしょうが、ちゃんと聞いてませんので、書きませんけど。(爆)

これでやっと、ひと区切りがつきました~
さ~次いこ。(笑)

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