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風の小径 星紡夜話会員記事暫時全体公開 星紡夜話・みなもの光

【星紡夜話】みなもの光30・刀断

再びミカエルのところへ赴いたメイシンは、まず自身のエネルギー回復を行った。
「根源に繋がれ」と、大天使の言うとおりに意識すると、頭頂からエネルギーが体中に満ちてくる。
それで始めて気付いた。
自分がいかに消耗していたか、ということに。

彼女は自身の身体に生気が満ちてくると、改めてミカエルに申し出た。

ユリウスの元に来て欲しい、と。

メイシンが大天使を伴ってクリロズの個室のドアを開けると、うつろな青年は相変わらず窓に腰掛けたまま、眼下に広がるクリスタルローズの輝きを、ぼんやりとその目に写していた。

彼女が好きだった花。
彼女も今、花を愛でているだろうか。

『あんなものを思い出す必要はないわ
あなたには私がいるんですもの』

暗闇から妖艶な女の声がする。

見透かすような大天使の瞳が、青年の横顔をじっと見ていた。
メイシンより先に部屋へ入ったミカエルは、ユリウスの前に立つと、開口一番こう言った。
「手術するぞ」
目を見張ったのはメイシンだった。
「理由は分かるな?」
青年はピクリとも動かない。
変わらず窓の外を、見るでもなく眺めている。
「これ以上メイシンに負担をかけさせるな」

『彼を起こさないでくださる?』

闇の中から囁く妖艶な女の声が、今度はメイシンの耳にも届いた。

あの時と同じだ。
佐守だった彼の魂を迎えにいった時、彼女の耳に届いた闇の声と。
気のせいだと打ち消し、否定していたあの声と。

メイシンは無意識に、手先が震えるのを押さえ込んだ。

『彼は言っているわ
このままで良いって
そうよね?
不安になったら私がいるもの
私が快を、彼が快を与えてくれているわ』

違う。
ユーリはそんな所に居たくない。
居たくないはず。

『ここにいれば
現実での痛みも感じない

 だってここは空洞だから
人の隙間だから
痛くないのよ

 痛みは快楽
快楽は一体感』

それは……あたしの事?

ぞっとして、メイシンは腕を抱え込んだ。

痛みは快楽。

この言葉で、ユリウスが闇に落ちた、本当の理由を彼女は知った。

……あたしのせいだ。
あたしがあんな手術受けたから。
あたしがユーリに、自分を殺させるようなことをしたからだ。

彼に「感情を失くす」という贖罪を与えてしまったから。
愛の感情を分からなくしてしまったから。

ひざから力が抜けてしまい、メイシンは床にひざまづいて、震える腕を押さえ込むしかなかった。
すぐ後ろでうな垂れている濃紺の髪を横目で一瞥し、ミカエルは再び青年に視線をやった。

「お前に選択の余地はない」
何を言われても動かない青年を見据えたまま、ミカエルは腰から剣を抜いて、青年の目の前に差し出した。
「自分でやれ」
差し出された剣を見るでもなく、ユリウスは虚ろにそれを眺めているだけだった。
ミカエルは彼の手を取り、剣を握らせる。

大天使の意図を、メイシンは掴むことができない。
ただ、彼女が今できる事は、ひざまづいたまま祈ることだけだった。

お願い。
帰ってきて。ユーリ。
あたしがいるから。
ずっとあたしがいるから。

闇の女の口元が笑う。

『愛で隙間は埋まらないのよ
埋められるのは誰かだけ

 誰かの生贄が人の隙間を埋めるの

 貴方達が心を動かしたものは、ほら…
私の一部になった

 彼はこのままでいいのよ
あなたが愛なんて、気付かせてくれなくてもいいの

 彼の隙間を埋めたいのなら
私達の闇にいらっしゃい
食い食われるものの環の中に戻してあげる
貴方が愛を語るように
私は快を差し上げるわ

 愛を語るものよ
あなたもいらっしゃい
ズタズタに引き裂いてあげる』

心の奥から搾り出したような涙を、青い瞳から流して、メイシンは叫んだ。
「あたしを見て! あたしを見てよ! ユーリ!」

愛してるんだから! あたしが愛してるんだから!
あんたを愛せるのはあたしだけなんだから!

お願いよ。もう他のところは見ないで。
あたしだけを見て。
あたしだけがあんたを愛せる。

ごめんなさい。
もうあんたを傷つけたりしない。
ごめんなさい。

お願い。帰ってきて。

闇の誘惑と、メイシンの叫びとが彼の胸で渦巻きめぐる。
ミカエルの剣を持ったまま、白刃に写る能面のような顔を、彼はじっと見ていた。

卑怯者と呼ばれようと、
人でなしと呼ばれようとも、
止めるわけにはいかなかった。

ここに辿り着くまでは。
真に欲するものをこの手に掴むまでは。

それがただひとつの生きる望みであればこそ。

彼の耳には今、彼が心底手にしたかった者の声が聞こえる。

『お願い。帰ってきて』

望むものを手にした。

今こそ。

ユリウスは、虚ろな顔のまま、長剣の柄をゆっくりと逆手に持ち直した。
白い刃に映る、パライバのガラスのような瞳が、虚ろな目で自分を見つめる。
彼はその切っ先を自分の胸に向け、顔色一つ変えないまま、勢いよく、己の心臓を貫いた。

見ていたメイシンの口から、言葉にならない叫び声が上がった。
彼に駆け寄ろうとするのを、ミカエルが捕まえて押し留める。
その足元にしがみつくように、彼女は声を上げて泣いた。

白い切っ先は、青年の背中を貫通していた。
彼は碧い目を見開いたまま、ただ無表情で窓枠に座っている。
刺した所から、血は一滴も出ていなかった。
時折、剣を刺したままぐるりと回し、まるで何かを解く鍵を回すようにして、微妙に柄を動かす。
やがて、青年の無表情だったパライバ色の瞳から、涙が一筋、流れ落ちた。
ゆっくり、ゆっくりと、その表情が痛々しげになってゆく。
闇の底から這い上がり、何も感じなかった空虚な世界から抜け出して、痛みの感情を取り戻したかのようだった。

胸に刺したままの剣を抱えて、ユリウスは静かにしゃくり上げた。溢れる涙と共に。

戻ってきた。

ミカエルは青年に近づくと、彼の手を解いて剣を引き抜き、腰に仕舞う。
長身の身体を窓枠から降ろして抱えると、
「ヒーリングセンターに連れて行く」
と言い残して、大天使は個室から消えていった。

床に座り込んだまま、ひとり取り残されたメイシンは、しばらく呆然と涙を流していた。

…戻ってきた。
戻ってきたよね。

自分自身に言い聞かせるようにしながら、涙を拭い、気力を振り絞って、メイシンは立ち上がった。
そして彼女は、ミカエルの後を追って、ヒーリングセンターへと向かう。


リアルタイムで津波津波と色々あって。。。やっとこさの更新です。orz

【カスタリアのほとり】21話と同じですよ。
闇の中から手招きする声ね、この時にも聞いてたんですが。お話しには書きませんでした。
あまりにも異様だったので。

今回はちょこっと書いてみましたが。
実はアレで終わったわけじゃなかったらしく。
今回で、完全に足抜け出来なかった闇から、ようやく脱出ですよ。

あ~長かった。。。orz

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