空虚。
そんな名前の闇と関わるようになってから、どれだけの転生を繰り返したろうか。
完結されていたはずのループに、今、再び穴が開いた。
突然切られた。
ただ、虚しく満たされない。
その穴を、最初に開けたのは誰だ。
その穴に闇を注ぎ込み、蓋をしたのは誰だ。
他でもない、自分自身だ。
空虚という名の闇を満たすために、どれだけのものをそこへ取り込んできたのか。
もう分からないくらい、長い間、その闇は、この胸の中に潜み続けている。
卑怯者と呼ばれようと、
人でなしと呼ばれようとも、
止めるわけにはいかなかった。
ここに辿り着くまでは。
真に欲するものをこの手に掴むまでは。
それがただひとつの生きる望みであればこそ。
そんな想いを、
彼女は汲んでくれていた。
望むものを手にした。
今こそ、決別の時。
ただ、感謝の念しか湧かない。
ありがとう。
マーシア。
マーシアが本来の姿を取り戻してから、ユリウスが沈み込んでいることには気付いていた。
ただ、メイシンには理由がよく分からない。
ユリウスはその日以来、言葉数も少なく、何をするでもなく、ただぼうっと座り込み、自室に篭る事が多くなった。
メイシンが知っている彼とは、明らかに様子が違う。
見かねて、彼女はユリウスの部屋を訪れた。
「…ねえ。最近おかしいよ、ユーリ」
ベッドに座り込んでいる青年の顔を覗き込んで、メイシンは息を呑んだ。
「ちょっと……何なの、その顔……」
蒼白。というよりも、感情の片鱗が表に出ることのない、能面のような顔が、そこにはあった。
その能面の口が、僅かに開く。
「……抜け落ちた」
「え?」
「……半分…抜け落ちたみたいなんだ……俺の中から」
なにが、と、口にしてから、メイシンは脳裏をよぎった可能性に絶句する。
彼の中から抜け落ちたものの正体。
「…マーシアが、変わっちゃったことと、関係あるの?」
青年は動かない。
「抜け落ちたって、マーシアのことなの?」
じっと下を向いたまま、焦点の合わない瞳を、足元に向けている。
「ねぇ、そうなの!?」
動かない青年の肩を揺すって、メイシンは叫んだ。
彼が神殿を、マーシアと二人で復旧したときに気付いた。
彼と繋がれるのは自分だけではない事に。
だがそれは、二人だけのツイン契約を結んで、もう「過去の事」になっているはずだった。
何故今、マーシアの存在が、彼をこんなに苦しめているのか。
何故、マーシアが「抜け落ちた」事で、彼がこんな状態になっているのだ。
「何でそんなことで落ち込むの? あたしがいるじゃん! 何でそんな顔するのよ!」
自分はツインであるはずなのに。
彼を愛せるのは自分だけであるはずなのに。
自分は彼だけを見てきた。
だが、彼が見てきたのは自分だけではなかった。
その事実を突きつけられたような氣がして、メイシンは居ても立ってもいられない。
表情の抜け落ちた顔を掴んで、彼女は涙を滲ませながら彼を呼んだ。
「あたしを見てよ! ユーリ!」
あんたを愛せるのは私だけ。
お願いよ。もう他のところは見ないで。
昔からずっと愛してるじゃない。
愛してるじゃない。
何で分からないの!?
何でよそ見するの!?
愛してるのに!
最初からずっと。
「……最初からずっと、お前が好きだったよ」
メイシンの、心からの叫びに呼応するかのように、ユリウスが重い口を開いた。
「ずっとお前が好きだった。だから…お前のところに、何度も転生できた」
メイシンの青い瞳から、涙が一筋、流れ落ちた。
「愛が見えなかった頃、愛を知らなかった頃、俺は愛を学ぶために、それこそ何でもした。
知りたかった。感じたかった。愛とはどんなものか」
それが、彼が「アレクセイ」と呼ばれていた頃の過去のことだと、彼女はとっさに感知した。
「……ひょっとして、あんたが感情を失くしたのは」
涙目で青年の瞳を覗き込みながら、メイシンは恐る恐る尋ねる。
「あたしを、殺しちゃったからなの?」
ユリウスの表情は変わらない。
ただ、碧の瞳の奥が、少しだけ揺らいだように、彼女には見えた。
「……愛する術を知りたかった。一から全てを学びたかった。……そこで、彼女と出会った」
ユリウスの白い顔を掴む腕から、力が抜けるような感覚に、メイシンは襲われた。
彼に「愛」を教えたのは、マーシア。
「愛が分かるようになった頃、やっとお前に会えた。……でも、また、救えなかった」
自ら死を望むように死んでいった、黒髪の少女の姿が、彼の脳裏から離れない。
ユリウスは、淡々と、かすかな声で言葉を紡ぎ続ける。
「諦めきれなかった。お前に会いたかった。会うたびに、少しでも、お前との距離を縮めようと……」
息が切れたように、か細い声が途切れた。
本当に欲しかったものは、他の何でもない。
お前の愛だよ。
お前を愛する方法だよ。
お前に……愛される術だよ。
口から出せない言葉を、ハートチャクラに託して、彼はツインへと繋ぐ。
それを受け取ったメイシンの瞳から、涙が溢れて止まらない。
青年の足元にうずくまり、嗚咽を堪えている彼女の胸に、また声が響いた。
(……俺のこと、まだ、好きか?)
それが胸に届いた途端、彼女は涙を堪えることを諦めた。
「……好きだよ…大好きだよ……あたしはユーリしかいないんだよぉ…」
床にへたり込んで泣きじゃくる彼女の真っ直ぐな髪を、虚ろな瞳で見下ろしながら、ユリウスは再び、口を開いた。
「……付き合ってくれるか」
話しかけてくれた彼に応えるため、メイシンは涙を拭って、腫れた目を上げた。
「…どこに?」
「……神殿」
彼の体は、極端にエネルギーが不足している状態だった。
マーシアが抜けた穴を、とにかく埋めなければならない。
ツインの愛情と信頼を確かめて、彼はひとまず気力を取り戻したようだ。
とにかく彼女を悲しませている状態から、抜け出そうと考えた。
メイシンは、そんな青年の手を取り、力強く頷いた。
やっとまとまった。。
最後までキーパーソンだねぇ。君は。。(笑)
多くは語らないでおきましょう。。
次回のことも。。。orz
だって、あの人、超怖いし。orz
コメントを投稿するにはログインが必要です。