長かった。
とても長く感じられた。
あなたまで辿り着くために、
一体どれだけの転生を繰り返したのだろう。
差し込む光が眩しく感じられて、メイシンはうっすらと瞼を開いた。
目を開くと、見慣れた天井が飛び込んでくる。
自分の部屋のベッドに横たわっているのだと氣が付いて、少女はゆっくりと身を起こした。
「無理しちゃ駄目だよ」
横から声がして視線をやると、ベッドの傍らにジェレミーが座っていた。
メイシンは、まだ思うように動かない身体を起こして、枕に背をもたせ掛ける。
「……もう大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
力ない声と共に、メイシンは笑顔を作った。
少女の気丈な笑みを、ジェレミーは痛々しげに見つめる。
「どうして『分離』してまで来たの」
「ジェイが……あんた達が出てったのが、なんか氣になって」
ジェイが統合を解いて、ジェレミーとユリウスに完全に分かれた事を、メイシンが感知したのだろう。
マリア・メイとして統合していた彼女たちは、再び分かれてメイシンとマーシアとして存在していた。
彼女たちも再び、別れて存在する道を選んだのか。ジェレミーがため息をつくと、
「だって……マーシア連れて行くわけにいかないじゃん」
少し言い訳がましいかな、と思いつつ、メイシンは苦笑を返した。
そして、恐る恐る、少女は一番聞きたかったことを、青年に尋ねる。
「……ユーリは?」
アクアマリンの瞳が、わずかに曇った。
「……外にいるよ」
ジェレミーが言い終わらないうちに、メイシンの視線の先には「彼」の姿が映っていた。
ドアの前に立ち尽くす、薄い金髪とパライバトルマリンの瞳。
背の高い青年を見上げて、少女の青い瞳が揺らぐのを、ジェレミーは気付いて背後を振り返った。
うつむきがちに立ち尽くす青年に、メイシンは声をかけた。
「……ユーリのせいじゃないよ」
返事を返すことが出来ない、碧い瞳の青年を横目で見ながら、ジェレミーは立ち上がった。
ドアの前に立つ青年の横をすり抜けざま、
(……もう逃げるのはなしだよ)
小さく心話で吐き捨てて、ジェレミーは部屋の外へと出て行った。
長い沈黙が訪れる。
窓から差し込む光が少女を照らし、入り込んだ風が藍色の髪を微かに揺らすのを、青年はただ、眩しげに見つめていた。
自分はまだ、あそこには辿り着けない。
ただ、これだけは伝えておきたい。
「……済まなかった」
メイシンは微笑んだ。
「ユーリに刺されなくても、あたしは死んでたよ」
まだ、その名で呼んでくれるのか。
ユリウスとして生きていた頃、彼女が好んで呼んでいた、彼の愛称。
「でも、あんたは自分が殺したことにしたかったんだ」
少女の言葉で、あの生の最期の場面が蘇る。
「……どうして?」
メイシンの真っ直ぐな瞳が、青年の顔を捉えた。
長い沈黙が、再び彼らの間を流れる。
静かな時間に勇気を与えられたかのように、青年は顔を上げて、少女を見つめ返した。
「……愛していたから」
自分は、彼女の前に姿を現すことを許されない存在だった。
「佐守」を許してもらえても、「ユリウス」は許してもらえないだろう。
ただ、彼はあの時一心にこう思っていた。
他人に傷つけられて悦ぶお前を見たくなかった。
傷の具合から、助からないのは目に見えていた。
他人に奪われるくらいならいっそ。
それならいっそ、自分のこの手で、快感を味わいながら死んでくれたら。
「……よかった」
彼にとっては意外な言葉が、少女の口から零れた。
瞳ににじんだ涙を拭いながら、メイシンは続ける。
「あたし、よく憶えてないんだ。大体の事しか思い出せなくて……あんたがどう思ってたか、よく思い出せなかったから」
三次元体が存在するために、おそらく記憶を封じられているのだろう。僅かにしか浮かんでこない記憶を手繰り寄せながら、メイシンはそう思う。
「……済まない」
思い出す必要のない記憶を、引き出してしまった事を、ユリウスは後悔した。
再びうつむく青年に、メイシンは首を振った。
「あの後、ユーリはどうしたの?」
「……死んだ」
「え」
「お前を刺してすぐ、敵に後ろから刺された」
今度は少女が、顔を曇らせる番になった。青い瞳から、再び涙が零れ落ちる。
「あたしのせいなんだ……あたしがあんな手術受けたから、ユーリまで巻き込んで……」
「違う。俺のわがままで、お前を殺したんだ」
他の者に殺されたくはなかった。
ましてや、他の者に快感を与えられるなど。
少女を愛するのも、殺すのも、彼女に関わるのは全て自分でありたかった。
「……嫉妬深いんだ、俺」
苦笑いを浮かべながら、碧い瞳が少女を見つめる。その先で、メイシンは堪えきれなくなったように、両手で顔を覆って泣き崩れた。
「……ごめん」
いつも少女を傷つけて、泣かせてしまっていることを、青年は悔やんでいた。
だから彼女には近づけない。
泣いているその肩を、引き寄せて抱きしめてやることは出来ない。
自分は狂っているのだろう。
自己の欲求だけを満たす転生を、きっと何度となく繰り返してきたのだろう。
しばらくしゃくりあげていたメイシンは、少し落ち着いたのか、ようやく涙を拭いて顔を上げることが出来た。涙で腫れた顔を、照れくさそうに隠しながら。
「あたしが……死ぬ間際に言ったこと憶えてる?」
「……いや」
少女が死際に口を開いた記憶は、彼にはなかった。
だが、メイシンははっきりとした声で、こう告げる。
「あたし、これだけは憶えてる。『ありがとう』って言ったんだよ」
涙が零れたあの瞬間に。
少女の意識は、闇から引き戻されていた。
「そうでなきゃ、転生なんて出来ない。ユーリが刺してくれたから、あたしは助かったんだ」
金髪の間で、大きく見開かれたパライバの瞳が、少女の顔を映して揺れている。
呆然と立ち尽くす彼に、メイシンは手を伸ばした。
「……こっち来てよ。あたしまだ立てない」
そこに、行ってもいいのか。
青年の中で、まだ後悔は消えない。彼女の傍に、この姿で立つことを、自分に許せないでいる。
そんな彼に、真っ直ぐ差し出された手は、窓から差し込む光に照らされて、ずっと彼を待っている。
躊躇いながら、ユリウスはゆっくりとベッドに歩み寄った。
ベッドの横で立ち止まった青年の腕を引いて座らせ、メイシンは金髪の頭に手を伸ばして、自分の胸に抱き抱えた。
「……ユーリ…ずっと逢いたかった」
少女の胸から、暖かい波動が伝わってくる。
その暖かさに、胸が詰まる思いで、青年は目頭が熱くなるのを押さえ込むように堪えていた。
それに追い討ちをかけるように、少女の声が頭の上で囁いた。
「大好きよ」
涙を堪えきれなくなった身体は、少女の胸に頭を押し付けたまま、長い腕で彼女の細い肩にしがみ付いた。
肩を震わせ、嗚咽する青年の胸から、小さく心話が漏れる。
(……メリッサ…)
その言葉に、懐かしさを感じて、メイシンは閉じていた目を開いた。
(…ああ、それ、……あたしの名前だね……)
金髪の頭に頬をうずめて抱き直しながら、少女が笑ったのを、青年は胸の波動で感じ取った。
何気なく投げかけてくれる、あどけない笑み。
その笑顔を、ずっと見たかった。
メリッサ。
ありがとう。
一番最初に、ユリウスとの過去を思い出したときに降りてきたのが、ユリウスがメイシンを刺すシーンでした。
でもなんであんなことになったのか?
ユリウスが端末を触らせてくれない(笑)のもあって、彼の記憶を頼りに探っていった結果。
あの手術を受けてるんじゃないか。って思った途端に、つじつまがバシーっと合ってしまった。orz
うそだぁ~。。あの人の小説読みすぎだよ~( ̄▽ ̄;)って思いましたよ。。思いましたけど。
後から降りてきた内容を繋ぎ合わせてみると、あの手術なしには成立しないお話になってしまい。
。。。ま、そんなわけで。。。orz
ホントかどうかなんて。。。上で会ったら、彼女たちに聞いてみて。。。今クリロズにいるからさ~(笑)
「ユーリ」がユリウスの愛称だってくだりを書いたときに、
ふーん、じゃ、メイシンは?って思ってたら、ふと、
「メリッサ」って名前が出てきたんですよ。ユリウスが教えてくれたみたいです。。(笑)
私はちっとも、自力で思い出せないな~( ̄▽ ̄;)
。。さ~て。ジェレミー君はどうすんの?(笑)