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風の小径 星紡夜話会員記事暫時全体公開 星紡夜話・みなもの光

【星紡夜話】みなもの光13・別離の記憶

どうしていっちゃうの?
わたしをおいてどこいくの?
わたしはもういらないの?
いやだ、おいていかないで

   僕がこれから経験することを
君には知られたくない
だから、ごめん
必ず戻ってくるよ
きっとまた 一緒にいられる

   いやだ。こわいよ。さびしいよ。
ひとりにしないで
いかないで
ひとりにしないで

雨が降るなんて珍しい。
小さな家の、灯りを落としたキッチンで、ジェレミーはひとり夕食の片づけをしながら、ぼんやりと思った。
日が沈んだ暗い窓の外から、ノイズのような雨音が流れてくる。

その音にまぎれて、幼い頃の彼女の声が、先ほどから青年の耳の中でこだましていた。

ひとりにしないで。

何故ひとりにしたのか。その理由は彼の中で曖昧にして、記憶の奥深くへと沈め続けてきた。

君には知られたくない。
そう。知られたくないから。

彼女が最初に転生を決めて、遇った男。
”ジェイ”の魂が、彼女に触れるのを、感知したくなかった。

不意に込み上げる激情。

彼は生みの親である大天使にこう言っていた。
「マーシアと僕のツインコードを、切ってください」

ガシャン、と、陶器が割れる音で、青年は我に返った。
流し台の中で、洗っていた白い皿が、二つに割れている。
それを見つめる、アクアマリンの瞳が疲労に揺れた。

ツインコードを切断したあと、彼女の記憶操作も同時になされた。
切断されると分かった彼女が、氣も狂わんばかりに泣き叫んだからだ。
彼とのツインの記憶を封じた。同時に、彼女の転生先の記憶も。

全て忘れているはずだった。
ツインだった彼のことも、これから転生しようという話も。
なのに、その彼女の口から出た言葉が、世話していた大天使の心をえぐるように貫いた。

「あの星に行きたい」

同じ星を指差した。
ツインだった頃の彼女が行くといっていた、あの星を。
彼の記憶がない彼女が、あの星へ行くと言った時、緑の大天使はどんな気持ちだったろう。

それからの転生を、彼はずっと見守ってきた。
まるで誰かを捜し求めるように、彼女は誰かを愛し続ける。
それを、ずっと見ていた。
腹が、胸が沸き立つような思いで。

知られたくなかった。
こんな思いを、彼女に知られたくなかった。

転生を繰り返すうち、彼女が思いを寄せる相手が、次第に一人の男に絞られてくると、彼は予想だにしなかった、底のない孤独感に苛まれるようになった。

……僕はもう要らないのか。

アクアマリンの瞳から光が失われ、その先に見える「闇」へと吸い込まれていく。

”ジェイ”の魂が砕けていくのを見るたびに、マーシアは救いたい思いをずっと消化しようと、ずっと”彼”を救い続け、彼女自身の魂をも砕き続けた。
そうして再生が難しくなるほど魂が小さくなると、同じように砕けていたメイシンの魂と融合されていった。

そして、その時、
彼の心の内にある、アクアマリンの石が、割れる音を聞いた。

彼女はもういない。
純粋に、自分だけを愛してくれた彼女は、もういない。

割れてこぼれ堕ちた石は、闇の奥深くへ溶けていった。
その時、彼女のみならず、彼自身も、「体」を維持するだけの力を失ってしまったのだ。

帰りたい。
彼女のところへ。

ただその意志だけが残る、僅かな欠片を、緑の大天使は拾い上げた。

砕くために生んだのではない。
こんなにならなければ、
愛というものを知ることは出来ないのか。

ラファエルは、小さくなった彼の息子の魂を、握り締めて呟く。
「……もう二度と、離れないと誓えますか」

アクアマリンの魂は、彼女が愛したもうひとりの”彼”と融合された。
二人の彼女を、愛することの出来る魂と。

そうして、新しく生まれたふたつの魂は、再び愛を知るための旅に出る。
「今度こそ、二度と離れない」という、約束を道しるべとして。

不意に、ドアが開く音で、ジェレミーは現実へと意識を戻された。
顔をあげると、長くうねる青い髪の女性が立っている。
青年は、すぐに視線を手元に戻した。
割れてしまった皿を除けて、残りの洗いものを手早く済ませていく。
「……何か飲む?」
泡を水で流しながら、少し沈んだ声で、青年は問いかけた。
マーシアは、少し戸惑うようにして、言葉が紡ぎ出せないでいる。
「紅茶でいい?」
「……うん」
自分で淹れる、とは、彼女は言えなかった。彼のいるキッチンへと足を踏み入れる勇気が、まだ彼女にはなかったから。

また離れていくのではないか。
自分がどれだけ求めても、また離れていってしまうのではないか。

恐れが、彼女の身体を動かなくしていた。
ジェレミーがカスタリアに現れたとき、彼女の封印されていた記憶は紐解かれたのかもしれない。
彼が、かつてのツインだということを、今の彼女は知っている。
椅子に座ることも出来ず、立ち尽くしたままのマーシアの前に、温かい紅茶のカップが運ばれてくる。
ダイニングテーブルに置かれたそれを見つめて、彼女はやっと、席につくことが出来た。
暖かい湯気が、白い頬に当たる。
どう切り出せば良いのか。白いカップの中で揺れる紅い水面を見つめながら、マーシアは言葉を捜していた。
が、彼女が話しかけようとしていた彼は、ゆっくりと廊下へと続くドアへと向かう。
「あの……」
咄嗟に声をかけた彼女の声には振り向かず、ジェレミーは微かに震える声で言った。
「ごめん。ちょっと疲れたから、先に休むよ」
彼女との境界線を引くように、彼は静かに、ドアを閉めて立ち去った。

閉ざされたドアを、しばらく見つめていた青い瞳に、涙の膜が揺れる。
諦めるようにテーブルへ向き直り、熱いカップを抱え込んで、マーシアは嗚咽をこらえた。
雨音だけが響く、薄暗い食卓で、青い髪と細い肩だけが、微かに震えていた。


すんません、次回予告の内容を裏切る今回のお話。(笑)
途中まで書いてて、「あ。こっちを先に書かないとマズイ」ということに氣が付きまして、急遽この話を入れました。

「カスタリアのほとり35話」でもチラッと書きました、「行かないで」というメッセージ。
アレはマーシアさんとジェレミー君の過去のやり取りでした。
あの時、表面上ではメイシンと佐守(ユーリ)の会話だったんだけど、心話でマーシアとジェレミーのやり取りがあったわけです。
今回はそれの真相。
はぁ。
書いてたら、涙出てきた。ジェレミー君の涙。

。。。あんた。バッカだねぇ。。。。orz

というわけで次回こそ本当に、メイシンが実家で吠える話。(笑)

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