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【星紡夜話】みなもの光7・白い遺壇

ジェイの「魔法陣講座」はその後も続いていた。以前はひとつ覚えるのに丸一日以上かかっていたメイシンだが、先日の「実技」で要領を得たためか、以前と比べれば格段の速さで、様々な魔法陣を習得していった。

それに全神経を集中しているせいか、少女は夜になると子供のようにぱたりと眠ってしまい、勉強以外の事においてはなおざりだ。

教えているほうの青年は、昼は講義に食事の用意、少女の身の回りの世話までして、夜になると端末を開き、何やら作業している様子。
それを時々、目を覚ました少女が目撃している。

………いつ寝てるんだろ。

物理的な「肉体」のない五次元の世界で、数日眠らなくてもどうということはないのだろうが、三次元の肉体には少なからず影響を及ぼしているはず。

その日も相変わらず、ダイニングテーブルで魔法陣を講義していた彼に、少女はいきなり、ある提案をした。

「疲れた! ちょっと休憩しようよ」
ぴくり、と、青年の眉が跳ね上がった。
「もう少しでこの陣の説明が終わるから、その後お茶にしよう」
「やだ。いますぐ休憩」
「駄目」
「あんただって疲れてるでしょ」
「俺は疲れないの」

……この頑固者。

白々しく答える青年に向かって、胸の中で悪態をつく。
埒が明かない。と、苛立った少女は、青年の手首を掴んで立ち上がった。
「行こう」
「どこに?」
「そと!」
両手で青年の腕を思い切り引っ張り、否応無しに立たせると、玄関の外へ飛び出した。
薔薇の庭を通り抜け、緑の森の奥深くへ、木々の間をただひたすら早足で歩き続ける。

黙っていても、彼女の本体には感づかれていたか。

手を引かれ、連れて行かれるままに歩いていた青年が、観念したようにため息をついた。
「わかったよ。で、どこに行くつもり?」

ぴたり。と、急に少女の歩みが止まった。
くるり、と藍色の髪を翻して後ろを向いた少女の顔が、決まり悪そうに緩んでいる。
「……いや、何かあるかな~って……」
青年は思わずふき出した。
「目的地をイメージしてみたら?」
「目的地?」
しばらく上を向いて考えていた少女は、これしか思いつかない、という感じで宣言した。
「じゃあ何か、建物があるとこ!」

そして再び、青年の手を引いて歩き始めた。
薄暗い森の中を、ずんずんと勇み足で進んでいくと、やがて木々からこぼれる日差しが明るくなり、急に森が開けた。

おそらく森の真ん中の、少しだけ開けた場所。
その中心に、白い建物がある。
白い石灰岩のような、石造りの建造物。古代ギリシャ風の、太くて丸い柱が印象的な、まるで神殿のような建物。
だがその屋根を支える柱や、美しかったであろう白い床は、所々ひび割れて崩れ、まるで廃墟のようになっている。
長い年月の間に朽ち果て、風化した様に、少女には思われた。

森の中にひっそりと、その場所だけが取り残されていたように、時間が止まる感覚を覚える。

「こんなところあったんだ……」
吸い込まれるように、少女は白い円柱に駆け寄った。
白い粉塵にすすけた太い柱に、ぴたりと抱きつく。

何故だろう。懐かしさがこみ上げてくる。

白い柱に頭を預けながら、少女は昔、自分がここにいたような感覚を覚えていた。
青年は、少し離れた場所から、建物全体を見渡す。
ピーコックグリーンの瞳に、少し寂しげな翳りを漂わせ、寂れた廃墟を眺めている。
小さく息をつくと、彼はこの建物の深層に意識を走らせた。早回しの映像のように、彼の視界が建物の奥へと伸びていく。
やはり煤けてはいるが、白い祭壇が見える。

中心はすぐに復元できそうだ。
「彼女」さえ「氣」を取り戻していれば。

「あ~っ、真っ白になっちゃった!」
少女の声で我に返ると、白い粉塵にまみれたメイシンが、慌てて服をぱたぱたと叩いていた。
その仕草に、青年は思わず笑みを零す。
「ここが目的地なのか?」
「なんか……そうなっちゃったみたい」
崩れてるけど。。。なんか、悪くないよね。と、少女は懐かしげに白い柱を見上げている。

彼女は「憶えて」いるのかな。

少女の感想を聞いて、青年は少し戸惑った。

「じゃあピクニック!」
と言いかけて、少女はある重大なことに気付いたらしい。はあ、と大きな息を吐いてぼやいた。
「弁当でも持ってくれば良かったなぁ……」
肩を落とした少女を見て笑いを堪えながら、青年は空中に小さな陣を描いて、手のひらに乗せると、少女の前に差し出した。

手のひらの魔法陣から、ポン、とカップケーキが現れる。
「食べる?」
メイシンは、目を丸くしてまじまじと彼の手のひらを眺めた。
「食べ物系の魔法陣、覚えると楽だぞ」
へえ~、と、関心しきりで、少女はカップケーキを受け取る。ジェイは次に、さっきより少し大きめの陣を描いて、白いカップとハーブティが入ったポットを出した。
すごい。と少女が感嘆の声を上げる。
「何でも出せるの?」
「レパートリーは経験と想像力かな」

じゃあどっちみち、料理が出来ないと使えないのか。

料理に全く自信のない少女は、またがっくりと肩を落とす。
その様子を見て苦笑しながら、青年は適度な木陰を見つけ、芝生の上に「陣取り」をすると、そこに赤いシートが現れた。その上にティーセットを並べ、更に陣を描いてお茶菓子を増やしている。

「一度でも作ったことがあれば、魔法で何度でも再現できる」
そういえば、彼はよく凝ったお菓子をお茶の時間に出してくれていた。
「ひょっとして、昔パティシエだったとか?」
「それは”ジェレミー”の方の記憶だな」
少女の問いに、彼は完結に答えた。
「後は正確な理論の再生。お前みたいにしょっちゅう間違った陣を描いていたら、欲しい物はいつまでたっても出てこない」
「またその話~?」
予想外のアドバイスに、少女はがっくりと頭を垂れた。

そうしている間にも、緑の木陰に簡易のアフタヌーンティスペースが出来上がっていった。
青年が用意してくれたレジャーシートに腰掛けて、湯気の立つカップをすすりながら、合間に会話を続けていく。
「佐守は料理なんかしたこと……」
「ない」
「やっぱり?」
「俺が今こうして家事を回せるのは、ジェレミーのおかげ」
サンドイッチをつまみながら、静かに彼は答える。

「ジェレミーはどんな過去持ってるの?」
この少女の問いには、青年はすぐに答えなかった。
「……さあね」
「また誤魔化す~」
茶化しながらも、メイシンは少し、後悔した。
詮索するつもりはないが、彼はほとんど自分のことを話さない。
ジェレミーと佐守が統合して、今の姿になってから、少女は彼がどんな人なのか、時々分からなくなっていた。
彼のことをもっと知りたい。だたそれが、強制であってはならない。

話したくないのなら、話さなくてもいい。
彼が今、ここにいてくれるだけで、少女は幸福感で心を満たすことが出来るのだから。

「じゃあさ、欲しい服を出す魔法陣とか」
「それは買ったほうがいいんじゃないか」
「なんで~」
「お前、そっち方面は際限ないから、何かでセーブしないと」
「いーじゃん、ちょっとくらいお洒落したって~」

取り留めのない会話が、心地よい風に乗って白い聖殿の奥深くまで響く。
煤けた祭壇の上で、白い光が、ちらちらと風に乗って、微かに踊っていた。


今回のお話は、この記事の小説版です。(笑)
読み比べると面白いかも♪
やっと神殿までたどり着けたよ~(ノ◇≦。)
メイシン、マーシアと分離して、ジェイ君独り占めでゴキゲンですが、そろそろ終盤に差し掛かりますよ。(笑)うふふ。

さぁ舞台は整った。
次回! マーシアさん復活☆ なるか?(笑)

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