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【星紡夜話】カスタリアのほとり35・行かないで

今までなんとも思っていなかったことが、胸にこたえた。

両親のいない寂しさ。心細さ。研究員たちの自分を見る目つき。
初めて人を殺めたときの、麻痺した胸の感覚。

凍結していた過去の感情が、一気に溶けて溢れ出したようだった。

戦場にいる時は、心を冷やすか、快楽を頼りに死をむさぼるか。
それ以外に、その場に留まる術はなかった。
自分は強かったわけではない。麻痺していただけだ。

その麻痺した心を支えていた唯一のものが、佐守の声だった。
受信機越しに、彼の指示する声が聞こえるだけで、安堵に似た感覚を覚えた。
自分がどんなに無茶をしようと、当初の作戦からどれだけ逸脱しようとも、最後まで見放されはしなかった。
多くの戦士が「使い捨て」される中、彼は必ず自分を医務室へ担ぎ込んだ。

彼が昇進し、チームを離れ、彼の声が戦場で聞けなくなると、もう「快楽」を頼るしかなかった。
自分から離れていった彼を恨んだ。
唯一信頼していた男だった。
自分はそれすら奪われた。

まもなく彼から求婚された。
訳が分からなかった。
彼が憎らしかった。
今更やってきて何を言うかと思えば。

同時に、どうしていいか分からなかった。

離れていくと思えば怖い。近づけば憎らしい。
傷つけるしかなかった。
それでも彼は来てくれた。
その度に傷つけた。
傷つけるたび、訳もなく涙が出た。
出たが、憎らしいと感じて処理するしかなかった。

それでも彼は来る。

だからもう、死ぬしかなかった。

彼をこれ以上、傷つけたくなかったから。
彼を。

毛布の中でうずくまっていた手が、傍らに座る青年の手に触れた。
「……どうした?」
穏やかな彼の声に、彼女は答えられなかった。

今、気付いた。
まだ、彼に言っていなかったこと。

喉がつかえて、声が上がってこなかった。
重ねた手に、力を込めるしか出来ない。

毛布に隠れた絹髪を、彼がそっと撫でる。
その手の温もりに、少女の胸の中で、言葉が弾けた。

父も母もいなかった。
研究所の人たちは、私を人だと思っていなかった。
ずっと心細くて泣いていた。
話しかけられることは全て、次の実験の説明。
次の作戦の説明。

青年は、彼女の胸から直接伝わる言葉を、自らの胸の中で聞いていた。

だけどあなたは違った。
わたしがどんなに無茶をしようと、あなたはフォローしてくれた。
あなたの声を聞くだけで安堵した。
だからあなたがチームを離れて、わたしの傍からいなくなった時、
私はもう、死ぬしかないと思った。
次に戦場に出て行ったら、生きては戻れないんじゃないか。
怖くて、怖くて仕方なかった。
もう帰って来れないんじゃないか。
生きてもう一度、廊下であなたとすれ違うことも出来ないのじゃないか。

どれだけ自分が、彼を頼りにしていたのか、今になって思い知らされる。
淡々と語る胸の中の言葉とは裏腹に、少女は毛布の影ですすり泣いていた。

…怖かった。
心細かった。あなたが離れていくことが。
死の恐怖よりも、あなたが遠ざかることが、一番怖かった。

ベッドの中でうずくまり、すすり泣く声が大きくなって、少女は少し身じろいだ。
片手で涙を拭いながら、やっと毛布を払いのけ、うずくまっていたベッドの中から顔を出す。
涙でにじんだ瞳で、握った彼の手を見つめた。
しゃくり上げながら、少女はやっと、声を出すことができた。
「ずっと、いえなくて、ごめん」
彼の瞳を見なければ。
涙で見えなくなった目を、パライバトルマリンの瞳に向けて、彼女は懸命に呟いた。
「……大好きだよ……行かないで……ずっと、傍にいて……」

(どうして行っちゃうの?)

少女の言葉を聞いた途端、青年の胸の中で、ずっと奥にしまっておいた声が蘇った。

(私はもう要らないの? 私を置いてどこ行くの?)

身に詰まされて、少女の瞳を見られなくなる。が、彼は目を逸らすことが出来ないでいた。

(いやだ、置いて行かないで。独りにしないで。行かないで)

あの時と同じ色の瞳が、彼を見つめて離さない。
こんな自分を、彼女はまだ、必要としてくれるのか。
ずっと裏切り続けてきた。傷つけまいと取った行為が、全て裏目に出てしまった過去の数々。
何度転生を繰り返しても、彼女を幸せにするどころか、傷つけることしか出来なかったというのに。

君もそうなのか?
彼女と同じ思いなのか?

自分はまた、傍にい続けてもいいのか?

不安げに見つめる青年の瞳の先で、メイシンはしゃくり上げながら、じっと彼を見つめる。
涙に揺れる、彼女の青い瞳の中で、もう一人の少女は、静かに微笑んだ。

(ずっと、待っていたの。あなたが帰ってくるのを)

青年は、しゃくり上げる少女の身体を起こし、その胸に抱き込んだ。
藍い絹髪に顔をうずめる、彼の瞳からもまた、涙が零れ落ちた。

受け入れてもらえるのなら、もう二度と離れない。

誓いを立てるように、彼は呟いた。
「……結婚しよう。今度こそ、本当に」

守りきれなかった少女の過去に、幼くして分かれた少女の影に、彼は誓った。

今度こそ、ずっと傍で愛し続けるから。

青年の腕の中で震える少女の声が、か細くも、しっかりと、彼の耳に届いた。
「………する。……結婚する……」

大好き。あなたが一番、大好き…。

胸に直接響いた少女の声をかみ締めながら、青年は少女を抱く腕に力を込めた。

ありがとう。

愛しているよ。


何でこういう結論になったのか、今やっとその資料が手元に揃った感じなのです。
いや~もう、あいつらなかなか口割らないもんだから。。。orz
最後の方のやり取りの謎は、もうちょっと先まで謎のままで置いとこうかな。(笑)

やっと、やっと「結婚式」にこぎつけるぞ~っ( ̄▽ ̄;)
早く追いつかなきゃ。。。orz

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