今までなんとも思っていなかったことが、胸にこたえた。
両親のいない寂しさ。心細さ。研究員たちの自分を見る目つき。
初めて人を殺めたときの、麻痺した胸の感覚。
凍結していた過去の感情が、一気に溶けて溢れ出したようだった。
戦場にいる時は、心を冷やすか、快楽を頼りに死をむさぼるか。
それ以外に、その場に留まる術はなかった。
自分は強かったわけではない。麻痺していただけだ。
その麻痺した心を支えていた唯一のものが、佐守の声だった。
受信機越しに、彼の指示する声が聞こえるだけで、安堵に似た感覚を覚えた。
自分がどんなに無茶をしようと、当初の作戦からどれだけ逸脱しようとも、最後まで見放されはしなかった。
多くの戦士が「使い捨て」される中、彼は必ず自分を医務室へ担ぎ込んだ。
彼が昇進し、チームを離れ、彼の声が戦場で聞けなくなると、もう「快楽」を頼るしかなかった。
自分から離れていった彼を恨んだ。
唯一信頼していた男だった。
自分はそれすら奪われた。
まもなく彼から求婚された。
訳が分からなかった。
彼が憎らしかった。
今更やってきて何を言うかと思えば。
同時に、どうしていいか分からなかった。
離れていくと思えば怖い。近づけば憎らしい。
傷つけるしかなかった。
それでも彼は来てくれた。
その度に傷つけた。
傷つけるたび、訳もなく涙が出た。
出たが、憎らしいと感じて処理するしかなかった。
それでも彼は来る。
だからもう、死ぬしかなかった。
彼をこれ以上、傷つけたくなかったから。
彼を。
毛布の中でうずくまっていた手が、傍らに座る青年の手に触れた。
「……どうした?」
穏やかな彼の声に、彼女は答えられなかった。
今、気付いた。
まだ、彼に言っていなかったこと。
喉がつかえて、声が上がってこなかった。
重ねた手に、力を込めるしか出来ない。
毛布に隠れた絹髪を、彼がそっと撫でる。
その手の温もりに、少女の胸の中で、言葉が弾けた。
父も母もいなかった。
研究所の人たちは、私を人だと思っていなかった。
ずっと心細くて泣いていた。
話しかけられることは全て、次の実験の説明。
次の作戦の説明。
青年は、彼女の胸から直接伝わる言葉を、自らの胸の中で聞いていた。
だけどあなたは違った。
わたしがどんなに無茶をしようと、あなたはフォローしてくれた。
あなたの声を聞くだけで安堵した。
だからあなたがチームを離れて、わたしの傍からいなくなった時、
私はもう、死ぬしかないと思った。
次に戦場に出て行ったら、生きては戻れないんじゃないか。
怖くて、怖くて仕方なかった。
もう帰って来れないんじゃないか。
生きてもう一度、廊下であなたとすれ違うことも出来ないのじゃないか。
どれだけ自分が、彼を頼りにしていたのか、今になって思い知らされる。
淡々と語る胸の中の言葉とは裏腹に、少女は毛布の影ですすり泣いていた。
…怖かった。
心細かった。あなたが離れていくことが。
死の恐怖よりも、あなたが遠ざかることが、一番怖かった。
ベッドの中でうずくまり、すすり泣く声が大きくなって、少女は少し身じろいだ。
片手で涙を拭いながら、やっと毛布を払いのけ、うずくまっていたベッドの中から顔を出す。
涙でにじんだ瞳で、握った彼の手を見つめた。
しゃくり上げながら、少女はやっと、声を出すことができた。
「ずっと、いえなくて、ごめん」
彼の瞳を見なければ。
涙で見えなくなった目を、パライバトルマリンの瞳に向けて、彼女は懸命に呟いた。
「……大好きだよ……行かないで……ずっと、傍にいて……」
(どうして行っちゃうの?)
少女の言葉を聞いた途端、青年の胸の中で、ずっと奥にしまっておいた声が蘇った。
(私はもう要らないの? 私を置いてどこ行くの?)
身に詰まされて、少女の瞳を見られなくなる。が、彼は目を逸らすことが出来ないでいた。
(いやだ、置いて行かないで。独りにしないで。行かないで)
あの時と同じ色の瞳が、彼を見つめて離さない。
こんな自分を、彼女はまだ、必要としてくれるのか。
ずっと裏切り続けてきた。傷つけまいと取った行為が、全て裏目に出てしまった過去の数々。
何度転生を繰り返しても、彼女を幸せにするどころか、傷つけることしか出来なかったというのに。
君もそうなのか?
彼女と同じ思いなのか?
自分はまた、傍にい続けてもいいのか?
不安げに見つめる青年の瞳の先で、メイシンはしゃくり上げながら、じっと彼を見つめる。
涙に揺れる、彼女の青い瞳の中で、もう一人の少女は、静かに微笑んだ。
(ずっと、待っていたの。あなたが帰ってくるのを)
青年は、しゃくり上げる少女の身体を起こし、その胸に抱き込んだ。
藍い絹髪に顔をうずめる、彼の瞳からもまた、涙が零れ落ちた。
受け入れてもらえるのなら、もう二度と離れない。
誓いを立てるように、彼は呟いた。
「……結婚しよう。今度こそ、本当に」
守りきれなかった少女の過去に、幼くして分かれた少女の影に、彼は誓った。
今度こそ、ずっと傍で愛し続けるから。
青年の腕の中で震える少女の声が、か細くも、しっかりと、彼の耳に届いた。
「………する。……結婚する……」
大好き。あなたが一番、大好き…。
胸に直接響いた少女の声をかみ締めながら、青年は少女を抱く腕に力を込めた。
ありがとう。
愛しているよ。
何でこういう結論になったのか、今やっとその資料が手元に揃った感じなのです。
いや~もう、あいつらなかなか口割らないもんだから。。。orz
最後の方のやり取りの謎は、もうちょっと先まで謎のままで置いとこうかな。(笑)
やっと、やっと「結婚式」にこぎつけるぞ~っ( ̄▽ ̄;)
早く追いつかなきゃ。。。orz