「春分の足跡」│独白

今回から前置き無しで。。ダイレクトに書きますよ。

自分的に、大きな変化がありました。
おさらいは。。しません。。
記録も。。見ません。。
覚えてる事だけを書きます。
 

 
変化の前触れは暗闇。
一度揺さぶってふるい落として、
何も無くなったと泣いて、
泣いて、吐き出して、
ふと、「気づけばそこにあったもの」に気づく。

癌治療が一段落してから、ずっと気分が落ち込んでたんですよね。
せっかく治療したのに、生きる希望が無いのです。

なんで?

それはここでは詳しく書きませんが。
カードで度々、「元々持っているものを大事に」という解釈を引いていて、
持ってるものって何だよ。。と、物質面や、人間関係にばかり目が行っていた。
。。と、今こうして書いていて、やっと頭を整理できる部分もある。
全部終わってから、結果を振り返って、
ああ、「元々持ってるもの」って、これ!?
って気がつくという、アレです。

もう誰も頼るものがいない、一緒に希望を持って人生を歩める人がいない、と生きる事に絶望して、そう「宣言」した時、不思議な事に、人間の意識は生の方へ、自分を助ける方へと働くようで、
辰納が動いてくれました。
でも、彼が動く直前、
辰納に指示を出している声が聞こえるんですよ。

それは、以前から、事あるごとに聞こえていた声ではあった。
ん?
誰が私の龍神であり悪魔でもある辰納に指示を出してる?
ソラムではない。それは分かる。
じゃあ誰?

神経を澄まさなければ多分聞こえない。
でも今回はハッキリと感覚で捉えた。
その男性の声が、明らかに私の身体の内側から発されている事を。
声が発された時の、内側の共鳴、私の身体の振動を。

私か。
あれは私の一部なのか。男の声だけど。
私の男性的資質だ。
私の中の誰だ。

その後空白の時間があって、
それが「誰か」を突き止めようと思考を巡らせていたわけではないし、
特に耳を澄ませていたわけでもないけど、
ふっと、浮かんできた。
上から降りて来たんじゃない。
私の身体の内側から、ハート辺りからふと、
湧き上がってきたものを言葉に翻訳すると、こうだった。

ダニ。。エル。

ダニエル。。!!

その後はホント号泣です。(笑)

ダニエル。私の72天使、インカネーション・エンジェルの名前だった。

以前から、辰納に指示を与えて行動を共にしていたのが、このダニエルだったという衝撃。←
いや。。誰だろう?って首をひねってはいたんだ。。以前から。。でもすっかり忘れていたよね。。
というのも、「72天使は意識が作り出した私の思考の中だけの存在」とか、いつの間にか勝手に思い込んじゃってて、私の「存在」の中から、一時期排除されていた。

なんで?
なんでだよ??←

他人の思考に惑わされんじゃねーよ。
他人がどれだけ、「そんなの概念上の解釈」だと迫っても、
確かに、ここに、彼は居るではないか。
それをもう、肌身で感じちゃったからには、
私の中に、確かに彼は居るのだよ。

そもそも、72の神性というものが、エネルギー的に分かたれて個々人の中に存在するというならば、それは思考ではなく、感情という枠にも収まりきらない、
まさにエネルギー、生きる為の力であるのだ。

そうなんですよ。「72天使は生きる為のエネルギー」。まさにそれ。

私が人生を諦めかけた時、生きる事をやめようとした時に限って、私のインカネーション・エンジェルは、必ずと言っていいほど私を励まし、引き上げに来るんだ。

で、
私が彼をダニエルだと気付いた瞬間、彼は私に向かってこう言ったのだった。

「おかえり、マリア」(※「マリア」は私の無意識層での愛称)

。。あーぅ~。。畜生。。こないだからマリアマリア言うてたんお前かぃっ。。!←

「お前は、まだ生きなきゃダメだ。まだやる事が残ってるだろう?」

それからずーっと号泣してる私に、ダニエルはとどめの一言をくれた。

「生きろ」

。。。私、ダニエルに「生きろ」って言われると逆らえないんだわ。。マジで。。(笑)

彼に「生きろ」と言われただけで、何故か生きる為の気力が湧いてくるんですよ。
インカネーションだからだろうか。
本当に、私の存在の中で肉体や地上での命そのものを担当してくれてるような、
はたまた、ツインフレームのような感覚すら覚える、そんな存在なのですよ。(笑)

そんなダニエルに、
生きろって言ったって、具体的に私はどうしたら心身共に満たされて生きられると思うの?
と聞いてみたら、
「俺から離れるな」
。。。あまりに唐突でセンセーショナルな一言に言葉が出ないでいると、ダニエルはさらにイケメンな笑顔を作ってこう言ったのだった。
「(笑)。。俺から離れるな。それだけだ」

。。。。。この。。。キザ野郎ぉぉお。。。っ!
こんな奴が私の一部だなんて。。私の一要素だなんて。。信じられん。。。

。。。嬉しいぃぃぃいい。。っ!!!←

そういえば辰納も似たような性格だった。。出会った(認識した)当初はしょっちゅう私に甘い言葉吐いてた。。基本、大倶利伽羅(@刀剣乱舞)系の性格なんで物静かなんだけど。。←

で。
その日が春分の日だったんですよ。

ダニエルの写真を探してフォルダを漁っていたら、懐かしいの出てきた。。GOU雪之丞でダニエルを表現していた頃の写真だよ~。

それでね、
今回、「ダニエルに再会できて良かったね」ムードで、私のインナーチャイルドが、これまで(前回の記事まで)私を慕ってくれて、支えてくれていた?人に、「お礼言わなきゃね」と言っていたのだが、ダニエルが「もうやめろ」というのだ。

。。そういえば、度々「もうそれ以上はやめろ」という声が聞こえていたけど。。これもダニエルだったか。

他人から、外側から「もうやめなさいよ」って言われても、私意固地なので言うこと聞かないのですが。。相手が私自身の神性だと、何故か納得できる。←
これは私が腑に落ちるか落ちないかの感覚(直観)で判断している事なので、私以外の他人が「私の一部」のフリして同じ事言っても効果はないです。(笑)
他人だとどうしても何らかの違和感を感じるので。

ダニエルがいうのなら。。離れるべきなんだろうな。
それでちょっと、今まで近しくしようと思っていたものに対して、心理的に距離を置く事にしたのです。

それまで、私を慕って支えてくれていた?外部の人に、頼っていた感が強かったのですが、
ダニエルとの「再会」で、私は自分の軸を取り戻した感じです。
再会って言っても、居なくなってたわけじゃなくて、私が認識するのをやめてただけなんだけどね。。
「ひとつひとつ、本来の自分を取り戻していっているように見える」
と、誰かが言っていたような気がする。。そうかもしれない。

確かにそうなんですよね。。ダニエルと繋がってから、なんていうの?「視界」がぼやけていたのがハッキリ、スッキリした感じ。
クレアボヤンスが発達したとかじゃなくて、他人の思惑から解放されて、スッキリと客観的に、自分の本来の座席から状況を見渡せるようになった。という感じです。
こうなると、頭もスッキリするし、気分も良い。

私本来の生活リズム、というか、この作業終わったら次はこれをやろう。という、計画的な思考と、それをやる為の気力が、ごく自然に回復しつつある。。と感じています。これを書いてる今、そう感じています。

ダニエルはひょっとして、私の体内時計なのか?←

そして、思考的なわだかまりや悩みなどを思いめぐらしていると、おもむろにインテレクト・エンジェルの背中を押して、彼女(私のインテレクトは女性に見える)を私の前に突き出してくる。(爆)

お。。おまえ。。。www

と内心おののきつつw 私はインテレクトの助言を聞き、
彼女が「ちょっとした誤解」だっていうのなら、話してみようか?
と思って夫と話をしたら、私が一方的に結婚以来約20年の恨みをぶつける会になったんだけど、←
それでも有益ではあったと思う。だってあれくらい本音を言わないと、全く気付いてくれない鈍感男だからね。。物事の表面しかすくい取れない人だから、あれでもまだ半分以上、解ってないよあの夫。

薄々気づいてはいたんだけど、夫は、
「結婚」に対する認識の甘さというか、
配偶者に対する姿勢が、本当に薄っぺらくて、
「妻を幸せにしてやりたい」っていう気持ちが、本当に薄かったんですよ。今回話をしてハッキリわかったんだけどね。
別の言い方をすると、「覚悟が足りない」とか「夫と妻とで互いへの思い入れの差があり過ぎる」という感じでした。
そこがほんっとに気に食わなくて私は。←
心底のめり込んで相手に尽くしたい性質の私からすると、
夫の私への態度はとても軽薄で、適当にあしらわれているようにしか感じられない。
というのが、そもそものこの夫婦の問題点の根幹なのでありますよ。

そんなアンバランスな関係では、私が消耗するばかりなので、もうとうに、夫に対して尽くす事はやめていますけれど、好きな人にあれこれしてあげる事が何よりの喜びな私としては、寂しい限りです。ほんと寂しい。

でもね、ダニエルが帰って来てくれたから。
私の中の理想の男に再会できたので、そして「俺から離れるな」とかプロポーズまがいの台詞を吐かれたので(笑)、ダニエルと一緒に何かを作り上げたり達成する事で、私ののめり込む重たい性質は満たされるかなぁ。。。って思いました。
そういえば、72天使のダニエルって金星の質の持ち主なんですよね。。大天使ハニエル配下なので。そう思うと面白いですね。

あ、夫には期待してませんよ最初から。多分どれだけ言っても変わらないしあの人。
でも、私はそういう性格の人は異性として好みじゃないからあんたは恋愛対象じゃないし、嫌い!って、しっかり自己主張できたし、だいぶスッキリしてますよ。(笑)

。。まあそんな事はいいんですよ。。いやどうでも良くない。。病むくらい苦しんでたんだから。。。実際病んでたし。。

今、「72天使というのも人間が作った概念であって、お前自身ではないのではないか?」という、また今更なツッコミが聞こえたのですが、
72天使という「枠組み」それ自体は、確かに地上の人間が思考で作ったもの。
でも、それは最初から人間の存在を探究して人間の存在に当てはまるように作られたものであって、デタラメに個人の理想を投影したものではないと私は思ってます。
でないと、1000年以上前に確立されたものが今の時代まで残ってない。1000年前はまだ頼りない内容だったとしても、現在に至るまでに淘汰され、内容が洗練されてきたはずなので、今生き残って伝わっている72天使は、より「存在そのもの」にフィットした形になっていると思っています。
形の無いものを認識するには器を用意するしかないのです。その器が72天使という概念であり天使という入れ物です。その入れ物に、私の存在の一部を入れてみると、入れない時よりもはっきりと、私という存在を認識しやすくなります。
そうだな。。。例えば、私の中のエネルギーのひとつに「名前」を与える。それだけでも随分と自分をコントロールしやすくなります。名前というのは器の一つです。
逆に言うと、名前も絵姿も文章も、エネルギーを入れる器でしかない。
「72天使」というエネルギーを入れる「概念の器」に翻弄されて、真実を見誤らないようにしたいものです。

自分が腑に落ちるか落ちないか、というのが一番大きいですね。。本当に。。私の悪魔は性悪いわぁ。。←

私の中では、インカネーション・エンジェルのダニエルが、私の理想の男性像に近い存在なのです。これは個人差があるかもしれないので一概には言えませんが私の場合はそうです。
自分の中に自分の理想の男性像がある、っていうのは、やっぱり事実だし、そんな存在が「私の為だけに」支えたり導いたりしてくれるわけだから、正直安心するし嬉しい。
ただ、自分の理想の男性像とそっくりな男性に会えてないのは残念だなぁ。。そんな人と出会えたらコロっといっちゃうなぁ。。まだ出会えてないけど。。(笑)

やはり、自分の人生を左右するような決断の部分で、他人を頼っているままだと、軸は完全にブレます。文章にしたら当たり前の事なんだけど、感情基準で行動して他人に左右されてると、本当にこれが分からなくて、混乱させられます。

自分の内にある確たるものに舵を任せて、自分が心地よく創造的な人生を送っている時に出会える人間関係に、これからは期待したい。。ですね。

うん。
あら前向きじゃん、自分。(笑)

私の初ブログである「星紡夜話」を書き始めた当初からずっと居たコイツが、のちのダニエルになるなんて、当時の私は想像もしていなかった。
結局、他人だと思っていても全部が自分の反映、という意見も頷ける。ただし、「記憶の中の他人の要素」が出てくる事だってあるし、実際に生きた人間(他人)が干渉してくる事だってある。

彼は、その「他人の記憶」や「外からの干渉」をふるい落とした後に残ったもの。つまり私の核である。

ああ、もう一つ。。書きたい事があった。

なにかしら、無意識上で出会って、現実世界でもご縁のある人たちって、
過去生で出会っていたり、共通点があったりすることが多いんですが、
その昔経験した事をやっている、懐かしいようなコミュニティに出会って、そこにどれだけ、心地よい魅力的な人がいて、自分も交流したいと思ったとしても、
やっぱり、自分が苦しくて二度と経験したくないと思う事を、それを彷彿と連想させる事をやっているコミュニティには、関わらない方がいいな。と思いました。
内心がトラウマのような感情を訴えているのを我慢しながら、それを押し殺しながら、大丈夫なふりをしながら関わっていても、知らぬ間に無意識層に苦しみを蓄積していって、結局は辛くなって別れる羽目になるだろう。そう思いました。

つまりそれは、
私はもう充分に経験した事だから。。痛いほどわかっている事だから、もう充分です。
きっと、そこ以外のコミュニティでも、素敵な人に出会えるだろうから。
ということ。

過去に経験していても、再びやりたいと思う事もあります。
あるけど、今生でも生かせる経験でないと。。再びやろうとは思わないな、やっぱり。

そして、再び過去と同じ事をやるといっても、けっして過去と全く同じものにはならない、という事。

私が今やっている72天使とか、何百年も前から伝わる「魔術」といっても、私が過去生で学び経験してきた事と全く同じことをしているわけではありません。
でもそれでいいんだ、と私は思っています。
「古代のヒーリング」といって「昔のものをそのままやっている」という人もいます。私はそれを否定しませんし、やりたい人はやればいいと思っていますけど、
私の場合は、私が過去生で経験してきたものを、今生でそのままやっているわけではないな。。と、「分かって」います。

今生での「アレンジ」、私は重要だと思ってるんですよね。。重要というか、アレンジは当然の流れかな、という姿勢です。
時代によって求められるものは変わってきますから。
必要なものも変わってきますから。
古代のものや、過去経験したものが、そのまま今ここでも使えるなら、そのまま使えばいいし、
もうちょっとここを工夫した方が、今の人にはフィットするな、と思うなら変えたらいい。と思っているので。

物質で世界を構築している「限りある世界」では、変化しなければ生き残れないのです。社会を構成する人間の思想や感情が変化し、今より更に良い状態を求める限り、「昔のまま」のものはそのままでは存在することが出来ません。昔から伝わって今でも続いている「伝統文化」でさえそうです。

ある意味、淘汰されているのかな、と思います。
「人」をより良く生きる為に必要でなくなったものが取り去られ、心を潤す部分や有益な部分をエッセンスとして残し、文化や学問は今も発展し続けているのではないか。と私は思います。

なので、私が思う「永遠不変に変わらないもの」とは、「形のないもの」の中にしかない。あくまで私の所感ですが。

物質世界に軸を置いていると割と不幸になりやすい。
でも、人は形があると安心するのですね。だから、
形のないものに、形を与えようとするのです。

その有限な形あるものから、形ないものの永遠性を、感じ取れればそれでいい。

有限なるものは依代
その実は永遠なりて
常に絶えず 寄り添いて語らん

なんて、詩的な文章が流れてきましたが、
だいぶ調子出てきましたね、ダニエル?(笑)

こういう書き方すると意味を取り違えて勘違いする人もたまにいますので。。上記の三行の詩を解釈しますと、
「物質や肉体は有限でいつかは朽ちるものだけど、その本体である「存在全体」の入れ物であり、その存在のエネルギーは常にこの肉体や物質の中にあって、この肉体を介してその存在をアピールし表現しているんですよ」
という意味です。
けっして、存在の外側から別のものが入ってきているわけではない。ので、そこだけは間違わないでください。(笑)

私のインカネーション・エンジェルは、ダニエル。
またの名を、「雄弁の天使」といいます。

ダニエルを表現していた最後の素体、ユノアクルス兄ゼスト。
こうなると、やっぱりもう一度お迎えしたいな。当時の素体も衣装も手放してしまって、一から集め直しだけども。
「これでいい」「いや間違いかもしれない」と、紆余曲折しながら、「自分の一番大事なものを見つける旅」をしていた。本当にそう。。
そう書いたら、「ありがとう」と、胸の奥から涙ににじむ「声」が聞こえた。

て、ダニエル。。。。おまえ今、私のこと本名で呼んだか。。。!?
。。わかった。。。解ったよ畜生そういう事かよっwwww
あんた相変わらず、暑苦しい男だわぁああwwww

良いウォーミングアップになった、と思います。
これからもダニエルを筆頭とした72天使たちと一緒に、「私」を創造し表現していこうと思います。
 
最後になっちゃったけど、やっぱり、72天使の中ではインカネーション・エンジェルが中心軸ですね。他の天使はインカネーションを補佐しつつ支えてる感じがします。

ちなみに、私がここで表現している「ダニエル」は、私の個性が混じった「私だけのダニエル」です。同じ72天使のダニエルでも、人が変われば全然違う容姿や性格をしている可能性があります。同じ誕生日の人でも全く違う人生経験を積んでいくんだもの、その分、その人だけの個性が72天使に上積みされても可笑しくない、むしろ当然ではないかと私は思っています。

じゃ、また書きたくなったら書きますね。
 
 

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